三つ子の魂百まで

「なんで?」
「なんでって…名前も教えてくれないですし…」
「だって聞かれなかったんだもん。君も教えてくれてないしね」

 確かにそうだ。痛いところをついてくる。

 五条は悔しそうに自分を見る詩織の顔を見て一層楽しそうに微笑んだ。

「……私の名前、相川 詩織です」
「詩織ちゃん、かわいい名前だね。僕は五条 悟。悟って呼んでよ」
「五条さんは海外のモデルさんとかですか?」
「ガン無視するじゃん…」

 口をへの字に曲げて肩を落とす五条さん。
その姿が拗ねた子どものように見えてつい笑顔がこぼれる。
 かわいいところもあるんだなぁ。こんな綺麗な容姿で優しくて料理も上手でかわいいところもあると、モテモテで大変だろうなぁ。と心の距離をなるべくとりながら自分が気持ち悪いにやけ顔をしていないかさり気なく確認した。

「イギリス人とか」
「んーまあね。職業は教師だよ。高校で一年生の担任をしてる」
「わあ、素晴らしいですね。時には親のような愛情で包み、時には大人として厳しく、そして同じ子どものような心で接する…難しいですけど、とてもやりがいのある仕事でしょうね」
「そうだね。僕もそう思うよ」
「はっ!すいません。こうやって語るのは職業病みたいなもので…」
「仕事は小説家?」
「はい。なんでわかったんですか?」
「同じ名前の著者の本が何冊かあったからさ。あとで読んでもいい?」

 そう言って壁の一部を占領している大きな本棚を細長い綺麗な指で指す。
 目の前で読まれるのは少し恥ずかしいが、朗読されるわけではないしまあいいか。
 いいですよ。と頷く。今年何かの賞を取ったとかで本屋の入口にずらりと並べられていることが多く、探したらすぐに見つかるだろうし。

「ふぅ、ごちそうさまでした!すごく美味しかったです」
「おそまつさまでした。気に入ってくれたみたいだし、よかったら夜ご飯も作ろうか?」
「え、そんな、悪いですよ」
「君普段あんまり料理しないでしょ。体に良くないよ?」
「な、なぜそれを…」
「食材が使いかけのまま賞味期限切れてたりしてたから、料理に使った残りを忘れてたりするんだろうなって」
「う゛…お恥ずかしいものをお見せしました…」

 このだらしない性格を直そうと何度も試みたが、それが叶うことはなかった。迷惑をかける人間はいないしいいかと諦めていたが、まさかこんなことになるとは…。
 苦笑いで目をそらしながら食器をまとめ、食洗機に入れてスタートボタンを押す。
 リビングに戻ると、五条さんはさっき食べていたときと同じ席で私の本を読んでいた。スラリとした長い脚が机の下で少し窮屈そうだ。
 私もここで仕事をしたいのできればソファに移動してほしいところだが、健康に気を遣って夜ご飯まで作ってくれるという優しいイケメンにそんなことはとても言えない。しょうがない、私がソファの近くにあるローテーブルで仕事をしよう。
 小さくため息をつくと、ノートPCとタブレットをローテーブルに置き、ソファを背にしてカーペットを敷いている床に座った。

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