感傷的な君

 集中力が途切れてきた頃、美味しそうな香りが部屋に漂っていて、もう夕飯ができているのだと気づく。
 隣を見ると、五条さんが座って本を読んでいた。
いつの間に…。と目を細めるが、サングラスの隙間から覗く瞳が水中から見た空のようでつい魅入ってしまう。
 まつ毛も真っ白ということはやっぱり地毛なんだすごいな。

「どうかした?」
「あ、いえっなんでも!…その、もういい時間ですし、食事にしましょうか。待たせてしまってすみません」

 こちらを見ず急に話しかけられたものだから、驚いて肩が少しはねてしまった。
 料理をよそうくらいはしようと立ち上がろうとすると、急に顔を近づけられ体制を崩す。
咄嗟に後ろに手をつき、倒れることは回避したが顔の近さに軽くパニックになる。

「なんですか急に!」
「んー、なんか離れたくなくて」
「餌付けされても浮気には加担しませんよ…」
「僕彼女いないよ?」
「あなたが彼女じゃないと思ってるだけの女の子がたくさんいそうなので拒否です!」
「いや、ほんとに、仕事以外で女の子と話すことほぼないから」
「距離の詰め方が手慣れすぎてて無理があります」

 そう話している間にも距離を開ければ距離を詰められの繰り返しで、ついに窓に背中がぶつかり逃げ場がなくなった。
 いったいどういうつもりなんだ。取って食べたりしないとは言っていたがそれ以外はOKなんてはずはない。いや、自分から家に誘っといてこんなこと言うのはアレだが。

「ちょっと、本当にからかってるならやめてください」
「からかってなんかないよ」
「じゃあ何なんですか…」

 怪訝な顔で見つめる詩織を見た五条はいつもの笑顔を消し、急に電池が切れたように黙り込む。
 サングラスのせいで上手く読み取れないその表情にさらに眉をひそめると、長い腕が詩織に伸びた。

「嫌なら言ってね」

 そっと抱きしめられ最初は困惑したが、別にイケメンに抱きしめられるのは嫌ではない。
 きっと私の小説を読んで干渉に浸ってしまったとか、久しぶりに仕事以外で女と話して元カノを思い出したとか、そうに違いない。そうでなくては困る。

「あったかい」
「そりゃ、生きてますから…」
「もう少しこのままでもいいかな」
「えっと…はい……」

 断れるはずがない。ご飯を作ってくれたからではない、その声がひどく悲しげに聞こえたからだ。
 首に埋められた頭をぎこちなく撫でると、抱きしめる力が強くなった。
きっと何か辛いことでもあったのだろう。でなければ初対面の女に抱きついたりしない。

「何も聞かないんだね」
「聞かれたくないと思ったので」
「そっか、君は優しいね」
「そんな…五条さんの方が優しいです。知らない他人を傘に入れて家まで送ってくれて、料理まで…」
「……僕は優しくなんてないよ」

 体を放して普段通りの笑顔を浮かべる五条さんはやっぱり悲しげに見えた。

 眉をハの字にして困ったような、悲しそうな顔をする詩織。
五条はその頬を輪郭に沿って優しく撫で、苦笑する。

「僕が悪かったよ。だからそんな顔しないで」
「いえ、私が悪いです。女たらしなんて…ちょっと思ってましたけど、撤回します。ごめんなさい」
「思ったままでいいよ」
「えっと、それは…」
「気にしないで。夕食にしよう。お腹空いてるでしょ」

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