成人済の男女、密室、一晩

 夕食を食べている間、会話はほぼなかった。というか、気まずすぎてご飯の味すらよくわからなかった。折角作ってくれたのに申し訳ないな…。
 私ももう25なので、抱きしめられたくらい別に気にしていない。ただ、さっきの悲しげな声や貼り付けた様な綺麗な笑顔の理由を考えてしまう。
 執筆作業に集中できずノートPCを閉じると、またいつの間にか隣で本を読んでいた五条さんが顔を上げた。

「お仕事終わり?」
「んーあともう少しって感じです」
「聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
「君の書いたこの本の舞台って、東京?」
「いえ、この本に出てくる場所は京都を結構参考にしました。登場人物は誰かをを参考にしたわけではないんですけど…その犯人、あなたに似てますよね」
「それどころか、僕のよく行く場所とか、そっくりなのが沢山出てくるんだよね」
「それは…偶然ですね」
「ほんと、すごい偶然だよね」

 五条さんがじっとこちらを見て黙り込むものだから、私も気まずくなって苦笑いしてしまう。
常時真っ黒サングラスをしているので表情も上手く読み取れない。
 とりあえず会話しようと、そっくりな場所というのは何処なのか聞こうとした瞬間、先に五条さんが口を開いた。

「気にならない?」
「え、そりゃ、気になりますけど…ちょっとくらい似てる人や場所くらいありますよ」
「ちょっとじゃなくて、そっくりなんだってば」
「うーん…?」
「だーかーら!行ってみない?僕の勤務先」
「え…え!?勤務先!?」
「ここ!この僕に似た犯人の過去編に出てくる宗教施設!!そっくりなの!」
「この殺伐とした宗教施設に似た勤務先!?行きたくないんですけど…!!」

 本のページを開いて私に見せる五条さんの笑顔がとても楽しそうで、見ているとつい頬がほころぶ。こんな子供っぽい表情もするんだ。

「明日とかどう?」

 綺麗な顔に詰め寄られ、うぅっ…と弱々しい声が漏れる。
 今日中に担当編集者さんに完成品を送り明日の朝打合せをして少し手直しした後上手く行けば執筆終了。
だが、今日中に終わるにはこのイケメンを脳内から一時的に消さなければならない。
勤務先の話もすごく気になるがそれも一時的に消さなければ仕事にならない。なんでこんな話を執筆終了間際に話すんだまったくこのイケメン…!

「流石に終わんない?」
「はぁあ…じゃあ明日の朝まで寝室にいてください!絶対リビングに来て話しかけたりしないでくださいね!」
「えぇ…何その鶴の恩返しみたいなセリフ。成人済の男女、密室、一晩、何も起きないのー?」
「なっ!?ないです!!たとえあなたが超絶イケメンでも、仕事の邪魔したら許しませんから!!!」

 え〜〜〜と不満げに見える顔の楽しげな五条さんをピシャリッ!と寝室に閉じ込め、PCを開く。
窓に叩きつけられる激しい雨音に耳を傾けながらすっと一息つくと、気持ちを切り替えて仕事を始めた。

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