九十九一希


「一希さん、小説ありがとうございました」
やっと読み終わりました、と貸してもらっていた小説を一希さんに手渡す。
「…プロデューサーの役に立てたなら良かった」
以前書店でのお仕事の際に見かけた話題の小説を買おうかなと考えてた時、自分は読み終わったからと一希さんが貸してくれたのだ。元小説家ということもあって、話題のものには敏感らしい。
「久しぶりにゆっくり本なんて読んだよ」
「…少しでも体を休める時間になったのなら嬉しい」
そっと小説の背表紙を撫ぜ、口元を緩ませる。ブラインドカーテンを開けた窓から入り込む光も相まって、一希さんの姿はとても絵になっていた。お互い進んで何かを話す訳ではないが、せっかくだからと私はぽつぽつと小説の感想を零した。一希さんは読んだ小説の内容をページ数まで覚えているので、相槌を打ちながら私の拙い感想を拾い上げてくれる。時折訪れる沈黙も一希さんとの間なら全くもって苦ではなかった。
「そうだ。今度はぜひ一希さんの書いた小説を読ませて欲しいんだけど、どうかな?」
一希さんは目を見開き、驚いた素振りを見せたかと思えば、少し考えるように目を伏せた。
「…おれの小説でよければ」
一希さんと小説の感想を話しながらゆったりと過ごす午後。カチカチと音を鳴らして進む時計の秒針が心地よく感じた。