硲道夫


ちらりと横目で窓の外を覗くと、薄闇はすっかりと夜に変わっていた。隣のデスクで作業を手伝ってくれていた硲先生に声をかける。
「すみません、こんな時間まで付き合わせてしまって」
「構わない。少しでもプロデューサーの手伝いがしたいと申し出たのはこちらだ」
今日はS.E.Mではなく硲先生のソロのお仕事だったのだが、流石と言うべきかリテイクが最小限で済んだため予定より早く事務所に戻ってこれたのだ。今週分の仕事を終わらせてしまおうと考えていたところに、硲先生が手伝いを申し出てくれた。もちろん、最初はアイドルにそんなことさせられないと断ったのだが、結局上手いこと丸め込まれてしまった。
「お手伝いしていただいたお礼にこの後夜ご飯一緒にどうですか?」
「君はもう少し肩の力を抜いて物事を考えるといい」
「え?」
「お礼や見返りが欲しくて君に手を貸している訳ではない。同僚としてもっと楽に接してほしい」
メガネのブリッジを人差し指で押し上げる様は実によく似合っている。
「プロデューサーの頑張りや支えがあるからこそ、こうしてアイドルとして夢を追うことができている」
君が人を頼ることを苦手としているのは理解しているつもりだが、何かあれば我々アイドルにも頼りなさい、と見据えられてしまう。
「硲先生…」
輝さんにも似たような事を言われてしまったなと内心反省する。信頼してない訳では無いのだが、人を頼ることは苦手だった。しかし、それが逆にアイドルたちに気を使わせてしまっていたのかもしれない。
「すまない、話を逸らしてしまったな。食事をするのにいい所を知っているんだが、どうだろうか」
それ山下先生の家じゃないですよね?と軽く笑うと硲先生には悪気なんてないように、そうだが…と肯定の言葉が返ってくる。
「先程舞田くんから連絡が来ていたから問題ない」
「ふふっ…じゃあお邪魔しますとお伝えください」
「あぁ、彼らも喜ぶだろう」
もう一つ、と硲先生が言いかける。
「ここのアイドル達は皆、君と過ごす時間を大事にしている。もちろん、私もだ」
つまり…と私が言いかける前に硲先生はさっさとロッカーの方へと歩いていってしまった。私は呆然とする他なかった。