「おはよう。…うん、そう。……うん、私はタクシーで向かうから。…ありがと蘭。また船で。」
電話を終えた携帯をテーブルに置くと、昨夜の内に用意しておいたドレスを見つめる。
真っ黒な生地に、裾の方にだけ天の川のように金色が散りばめられた、シンプルで品のある、アメリカにいた時に母の有希子が買ってくれた物だ。
(キッドの事もあるけど…まずは新一に何言われるかだなぁ……)
先週、快斗との買い物から帰った後、灰原から柚希に連絡があった。
《おかえり。デートは楽しかったかしら?》
「あ、うん、お陰様で……」
《そう。こっちは工藤くんの質問責めにイライラしてたわ。》
「あー、ごめんね……。」
棘のある言い方に、兄の言動を想像して申し訳なくなる。
《面倒だから全部、“知らない、あなたに直接聞け”って言っておいたから、覚悟するのね。》
「ハハハ…。」
《そういえば…あなた、怪盗キッドと何かあったの?》
突然予想もしない名前を出されて、柚希は小さく肩を揺らす。
「怪盗キッド?どうして?」
《工藤くんが、“キッドの事も聞き出さねぇと”って言ってたのよ。》
「…きっとこの前会った時、キッドが去り際に“帰り道は気をつけて”って私に耳打ちしたから、それを何か勘違いしてるんじゃないかな?」
するどい灰原に出来るだけ動揺を悟られないように、なるべく自然を装う。
母からまがいなりにも演技指導を受けているし、電話越しなら声だけの分誤魔化しやすい。
《そう。ま、工藤くんと会う時は色々聞かれると思うわよ。》
「分かった、ありがとう。」
jewel.16
〈迷いと自覚〉
−漆黒の星編・後編−
呼んでおいたタクシーに乗って港に着くと、既に招待客が船に乗り込んでいる所だった。
その様子をじっと見つめる人物に気付き、柚希はその人に向かって歩き出す。
「お疲れ様です、中森警部。」
「おぉ、柚希ちゃんか!君もパーティーに呼ばれてたのか。」
柚希の姿を見ると、僅かに表情が柔らかくなる。
「はい、鈴木財閥の次女が友人なので。警備、大変そうですね。」
「ああ。細かいチェックをさせて貰えなくてな。何か気付いた事があったら、いつでも教えてくれ。」
「分かりました。」
パーティー会場に入ると、沢山の人で溢れている。
(さすが鈴木財閥……来てる人のレベルが高いなぁ。)
「柚希!」
会場を見渡していると、何処からか自分を呼ぶ声が聞こえて声の主を探す。
「こっちよ!」
「蘭!良かった、思ったより人が多くて…。」
手を挙げて呼んでくれた蘭を見つけて近付くと、もう1人の友人の姿が目に入る。
「園子、久しぶり!」
「ホント久しぶりね!まったく、帰って来たなら連絡くらいしなさいよ。蘭から聞くまで全然知らなかったんだから。」
「ごめんね、何気に忙しくて。」
園子との話もほどほどにして、柚希は小五郎の方に振り向く。
「おじさんも、お久しぶりです。」
「あぁ、久しぶりだな。しばらく見ない間に随分キレイになって。ますます有希ちゃんに似てきたんじゃねぇか?」
「あはは、ありがとうございます。嬉しいけど、お母さんには一生適う気がしないですよ。」
小五郎に向かって笑顔で話す柚希をじーっと見る視線がある事に、いつまで経っても気付かない、むしろ気付いていないフリをしている事に痺れを切らし、視線の主は柚希に声をかける。
「柚希ねーちゃん。」
「あれ、コナンくんも来てたんだ。気付かなかったー。」
そう言いながらコナンに合わせてしゃがむ柚希を、疑わしい目で見ながら小声で話す。
「なーにが“気付かなかった”だ。わざと無視しやがったクセに。」
「別に無視したつもりじゃないんだけどね。まぁ、色々聞きたい事があるのは一応分かってるつもりだけど、それは後にしない?今日は新一もキッドの事に集中したいでしょ?」
「ほー。じゃあオメーは、俺が奴を捕まえても構わねぇって事だな?」
「何でそんな話になるのか分からないんだけど。」
鋭い視線を向けてくるコナンに、柚希は呆れたとでも言うような様子でそう返した。
「……まぁ良い。後でじっくり聞かせてもらうからな。」
「はいはい…。あ、会長さんの挨拶が始まるみたいだよ。」
柚希は適当に返事をすると、立ち上がりそう言った。
−−じゃあオメーは、俺が奴を捕まえても構わねぇって事だな?
(そんなの、分からないよ……。)
update 2014.11.07