jewel.29
〈痛む心が壊れる前に 4〉
園子に先導されて会長室に入ると、会長の鈴木史郎が笑顔で迎えてくれた。
しかし、平次と和葉に会うのは初めての為、会長は園子に2人の事を訪ねる。
「服部平次くんと遠山和葉さんよ、パパ。平次くんは西の高校生探偵って呼ばれてて、関西じゃ有名だってさ。」
「それはそれは、頼りにしてますよ!」
「おう!まかしといて、おっちゃん!」
(“おっちゃん”って…さすが関西人とでも言うべきか……)
柚希が平次の言葉に呆れていると、小五郎が平次を注意したが、会長本人がまあまあ、と気にしていない様で小五郎もそれ以上言うのを止めた。
そして会長が促す方に顔を向けると、先客の人達を紹介をしてくれる。
「こちら、ロシア大使館の一等書記官。セルゲイ・オフチンニコフさんです。」
体格の良い中年の男性がよろしく、と立ち上がり挨拶する。
「お隣が早くも商談でいらした、美術商の
乾将一さん。」
セルゲイよりも若干年上であろう男性は、何も言わずに座ったまま。
「彼女は、ロマノフ王朝研究家の
浦思青蘭さん。」
細身の若い女性は、ニイハオ、と母国の挨拶をする。
「そしてこちらがエッグの取材撮影を申し込んで来られた、フリーの映像作家、
寒川竜さん。」
見た感じ調子の良さそうな男性は、カメラを回しながらよろしく!と言い、小五郎にレンズを向ける。
「……しかし、商談ってどの位の値を?」
小五郎の質問に、乾はニヤリと笑う。
「8億だよ…。」
「は…8億ぅ!?」
「譲ってくれるならもっと出しても良い。」
桁違いの額に、柚希達も声には出さず驚いていると、セルゲイが勢い良く立ち上がる。
「会長さん!インペリアル・イースター・エッグは元々ロシアの物です。こんな得体の知れないブローカーに売る位なら、是非ロシアの美術館に寄贈して下さい!」
「得体の知れないだと?!」
「いいよいいよ……」
セルゲイの言葉に乾が言葉を荒げると、ずっと撮影していた寒川がニヤニヤと笑いながら更に煽る。
「こりゃエッグ撮るより人間撮った方が面白いかもしれないな。あんた他人事のような顔してるけど、ロマノフ王朝の研究家ならエッグは喉から手が出る程欲しいんじゃないかい?」
「はい…でも私には8億なんてとても……。」
「だよな。俺だってかき集めても2億がやっとだ。」
(…空気悪いなー。)
話を振られた青蘭と、寒川までもがそう言い出し、皆がエッグを狙っている事に柚希は眉を潜めた。
会長が話を切り上げ4人がゾロゾロと部屋を出て行くと、箱を抱えた西野が深々とお辞儀をし、落ち着いてから入ってきた。
「会長、エッグをお持ちしました。」
「おぉご苦労さん。」
テーブルに置かれるエッグの入った箱に、蘭が目を輝かせる。
「わぁ!エッグを見せてもらえるんだ!」
「見た目は大したことないよ…。子供の頃、私が知らないでオモチャにしてた位だから…。」
「オモチャって…園子の家は、そんな凄い物がそこら辺に置いてある訳…?」
柚希が呆れた声を出すと、会長が箱の紐を解き、蓋を開けると皆が乗り出して覗き込む。
「…これがインペリアル・イースター・エッグ。」
「なんや、思ってたよりパーッとせえへんな……。」
「ダチョウの卵みたいやね…。」
全体が緑色で、細かい装飾がしてあるものの、華やかさはあまり感じない卵形のそれに、各々思った事を呟く。
「これ開くんでしょ?」
「そうなんだよ、よく分かったね!」
コナンの指摘に会長が蓋を開けると、中には金で作られたニコライ皇帝一家の模型が見える。
そして、面白い仕掛けがある、と横のネジを回すと、その像がせり上がって動き始めた。
「凄い…こんな細かい仕掛けが……。」
「へー、オモロいやん、これ。」
ニコライ皇帝の像が、なめらかな動きで持っていた本をめくると、柚希は関心したように覗き込んだ。
「メモリーズエッグって言うのは、ロシア語を英語にした題名なんですか?」
「あぁ、そうだよ。ロシア語では“ボスポミナーニエ”。日本語に直すと“思い出”だそうだ。」
蘭の疑問に会長が答えると、コナンが不思議そうな顔をする。
「ねえ、何で本をめくってるのが思い出なの?」
「バーカ!皇帝が子供達を集めて本を読み聞かせるのが、彼等の思い出なんだよ!」
その小五郎の言葉に今度は柚希が引っかかる。
「いや、読み聞かせっていうか、本を見てるのが思い出と言ったら……あ、電話…すみません、失礼します。」
途中まで言いかけた所で、ポケットの携帯が着信を告げて震えだし、柚希は会長室を出る。
(……え、快斗から?)
廊下に出て携帯を取り出すと、画面には“黒羽快斗”の文字が表示されていた。
update 2014.12.12