携帯に表示された“黒羽快斗”の文字に、僅かに早くなる鼓動を感じながら柚希は通話ボタンに触れた。
「もしもし?」
《柚希、お前まだ家に居んの?》
jewel.30
〈痛む心が壊れる前に 5〉
開口一番に言われた言葉に驚いた柚希は、一瞬遅れて返事をする。
「…え?もうとっくに出掛けてるけど、いきなりどうしたの?」
《とっくにって、1時間以上前か?》
「そうだけど…。」
その答えに小さなため息をつく快斗に、話の意味の分からない柚希は戸惑う事しか出来ない。
《オメー……部屋の窓開けたままだったぞ。》
「え…嘘?!」
呆れたような快斗の声に、柚希は目を見開いた。
《嘘じゃねぇよ。1時間位前にお前の家の前通った時に見たけど、あれは確実に開いてたぜ。その時は気にならなかったけど、今日出掛けるって言ってたのをさっき思い出したんだよ。》
「そっか、朝急いでてカーテン越しに見ただけだったから……。どうしよう、快斗。私、今大阪に居るから帰れないよ。」
《は…?大阪?オメー、大阪に居んのか?!》
快斗の驚きように、そういえば行き先までは言ってなかったな、と思い出す。
「うん、友達に誘われて。今、鈴木近代博物館にいるの。」
《そ、そうだったのか!まぁ兎に角、あのマンションは管理人常駐だろ?部屋に入られるのは嫌かもしれないけど、電話して閉めてもらうしかねぇな。》
「そっか、そうする!快斗、教えてくれてありがとう。」
《おー、次は気を付けろよ。》
電話を切り、すぐに電話帳からマンションの管理人の番号を探していると、廊下の向こうから歩いて来た人に声を掛けられる。
「ん?柚希ちゃんか?」
「あ、中森警部!この前は付き添って頂いたみたいで、ありがとうございました。」
船上パーティーで眠らされた時に、コナンが行くまでずっと付き添ってくれていたのを後から聞いていたが、まだお礼を言ってなかったと深く頭を下げる。
「いや、良いんだ。娘の大事な友人だからな!」
「とんだ災難だったが、無事で何よりだ。」
「茶木警視も、ありがとうございます。」
2人は柚希に笑顔を向けると、会長室に入っていった。
「あ、柚希電話終わった?」
管理人への電話を終えて部屋に戻ろうと振り返ると、丁度ドアが開いて皆がゾロゾロと出てくる。
声をかけた蘭の後ろからひょこっと現れた和葉は、やけにワクワクした様子で駆け寄ってくる。
「予告の時間が午前3時やて分かったから、それまで皆でどっか出掛けよ言うてたんよ!柚希ちゃんも行くやろ?」
「え?3時って、どうして?」
「そんな説明は後!良いから行くよ!」
「えぇっ?!ちょっと、園子っ!」
園子に腕を引かれた柚希は、足をもつれさせつつ歩き出した。
新幹線のデッキから電話を終えて戻ってきた快斗は、窓際の座席に座るとふぅ、と一息つく。
「快斗ぼっちゃま、どうでしたか?」
「マジで閉め忘れだよ。確かめて良かったぜ。つーか、そんな事より……。」
顔を覆うように頭に片手を当てる快斗に、寺井はどうしたのかと不思議そうな顔をする。
「柚希が、大阪に居るんだよ……。しかも鈴木近代博物館って事は、絶対あのお嬢様に呼ばれてだろ?あー…あのガキも来てそうだな。」
「大丈夫ですよ、ぼっちゃま。今回の仕掛けはいつも以上に気合いが入っているんですから。」
自分の考えと違う捉え方をした寺井に、快斗は苦笑いする。
「いや、仕事の心配はしてねぇから大丈夫だよ、ジイちゃん。」
「そうですか。」
寺井の笑みを見た後、快斗は頬杖をついて窓の外を見つめる。
−− 私はその方なら、全てお話しても良いと思いますよ。
−−− …きっと待ってるわよ、あなたが話してくれるのを。
−−−− この子は本当にあなたの事を考えてくれてるし、芯のとても強い子だと思うの。 心の底から気を許せる相手が、一人くらい居ても良いんじゃない?
(まだ何の覚悟も出来てないのに、キッドで柚希と会うのはキツイな……)
update 2014.12.17