薔薇と宝石の約束



暖かい…

優しく私の頭を撫でてくれる、この手は誰のもの?





jewel.54
〈痛む心が壊れる前に 29〉







ソファーに横になったまま気を失っていた柚希は、ゆっくり目を開ける。


「…………そっか。帰って来たんだ。」


視界に広がる見覚えのある部屋に、今の状態を理解するとポツリと呟いた。


(夢…だったのかな…)


そっと自分の頭に手を触れた柚希は、そこに残る感触を思い出す。



−− あなたにそんな黒い感情は似合いませんよ…



「っ!」


不意に脳内に響いた、聞き覚えのある声。


(これは記憶?それとも夢?)


未だハッキリしない頭で考えるものの答えは出ず、薄暗い部屋には静まり返った空気だけが広がる。

ふと視線をテーブルに向けると、無造作に置かれた携帯が目に入り、緩慢な動きでそれを取った。


(もう1度、快斗に………でも、これで出なかったら…)


快斗の番号を表示した画面を見つめながら通話ボタンを押すのを躊躇っていると、突然窓の方から微かな物音が聞こえた気がして振り返る。


−−コンコン


「え…?」


聞こえたノックの音に、思わず身体が強張った。

“外からの侵入は無理”

そう快斗にも確認してもらった筈のベランダを見つめながら、確認するべきか否か迷う。
そうして固まっていると、雲に隠れていた月が出てきたのか、月明かりが部屋の中をほのかに照らし、同時にカーテンにベランダの人影を映し出した。


「うそ……。」


そのシルエットに目を丸くしてポツリと零すと、柚希は急いで駆け寄りカーテンとガラス戸を開ける。


「こんばんは、柚希嬢。少しお邪魔させて頂いても構いませんか?」

「ど…して……」

「貴女と少しお話をさせて頂きたく、参りました。」


そう言って部屋に足を踏み入れ、ガラス戸を後ろ手に閉めると、その音と同時に柚希の目からボロボロと涙が零れ落ちる。


「…っ……無事…で………良かっ…!」

「…心配、して下さっていたのですね。」


キッドの手袋がそっと柚希の涙を拭うが、次々と零れる涙はそれをすり抜けていく。


「だって!……ううん、今は…その無事な姿だけ、で…」

「柚希っ!」


身体の力が抜けた柚希を慌てて支えると、柚希は辛そうながらも微笑んで口を開く。


「ちょっと風邪、ひいちゃったみたい……ダメだよキッド………こんな事で、ポーカーフェイスが崩れてちゃ…。」

「!」


正体を分かった上で、それでも自分の事を考えて気付かないフリをしてくれる柚希に、キッドは自分の中の決意をさらに固くする。


「柚希嬢、今は休んで下さい。」


柚希を横抱きに抱えるとベッドに寝かせ、そっと布団を掛ける。
うっすらと目を開けてキッドを見る柚希の頭を優しく撫でると、縋るように見つめてくる瞳に動けなくなるような錯覚を感じ、それを振り払うかのように口を開いた。


「明日、また必ずお伺いします。お話はその時に…。大丈夫、怪盗は約束を破りませんよ。」


柚希が小さく頷いてから目を閉じたのを確認すると、キッドは立ち上がり玄関へと向かった。










翌朝、教室に入ってきた快斗に気付いた青子は、早足で近づいてくる様子を不思議に思いつつ声を掛ける。


「あ、快斗おはよ。今日は珍しくまだ柚希が来てないの。」

「おー、あいつ風邪引いちまったから、今日は休み。俺もこれから様子見に行くから、休むって言っておいてくれよ。」


用件を伝えただけで出て行こうとする快斗に、青子は驚いて引き止める。


「ちょっと!まさか快斗、今から行くの?!」

「当たりめぇだろ、柚希は1人暮らしだから、誰か居てやらねぇと。」

「て言うか…ちゃんと看病してあげられるの?」

「るせー!それが不安だからわざわざ学校まで来たんだよ!」


疑わしい視線を送る青子にそれだけ言うと、快斗はさっさと教室を後にした。


「もー、どういう事よ…。」










「はよー先生。」


ガラッと音を立てて保健室のドアを開けた快斗は、白衣を着た後ろ姿を確認するとそう声を掛けた。


「あら、黒羽くんどうしたの?」

「これから柚希の見舞いに行くんだけどさ、風邪の看病ってどうすりゃ良いの?」

「今度は工藤さんが風邪?ほんと仲良いわね、あなた達。」


茶化すような言葉に快斗が慌てているのを横目に笑うと、美園は引き出しを開けては何かを取り出していく。


「取りあえず体温計1個貸してあげるから、起きたら熱計って。ちゃんと平熱も確認するのよ?熱が高いようならこれ貼ってあげなさい。それと、これは総合ビタミン剤だから、食事の時に一緒に飲ませて。水分もたっぷり取らせる事。」

「俺、お粥とかの作り方知らねえんだけど…。」


渡された体温計と冷却シートとビタミン剤を受け取りながら快斗がそう言うと、美園はそっか、と一瞬考えるように上を向いて、すぐに快斗に視線を戻す。


「それはもう仕方ないから、ドラッグストアでも寄ってレンジで作れるお粥とかを買うのね。まぁ…美味しくなくても不味くはないんじゃない?」


悪戯な笑みで付け足す美園に、快斗は苦笑しながらお礼を言うと保健室を後にした。

update 2015.04.13
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