「おはようございます。」
「あぁおはよう、黒羽くん。はい、柚希ちゃんの部屋の鍵。今オートロック開けるよ。」
エントランスにある管理人室の窓口で優しく微笑む年配の男性は、快斗に管理用の鍵を渡すと手元の機械を操作する。
「ありがとうございます。夕方には返すんで。」
jewel.55
〈述懐〉
−−コンコンコン
呼び鈴は押さず、柚希の部屋のドアをノックした後、しばらくしても中で動く気配を感じないのを確認すると、快斗は管理人から受け取った鍵を使ってそっと部屋の中へと入る。
ワンルームの部屋の一番奥に置かれたベッドに近付くと、柚希はぐっすりと眠っている。
(…取りあえず、苦しそうではないな)
表情も寝息も落ち着いているのを見て一安心すると、荷物を置いてベッドのすぐ横に座り、柚希の頭をそっと撫でる。
「………あ、れ……かいと?」
「悪ぃ、起こしちまったな。」
「…だいじょーぶ。」
(っ相変わらず寝起きの破壊力が半端ねぇ…!!)
トロンと微睡んだ瞳と、たどたどしい言葉に快斗が悶えているとも知らず、柚希はうずくまる様に下を向いている快斗を不思議そうに見つめる。
「…かいと?」
「あぁいや、何でもない…。柚希、ちょっと起きられるか?」
ゆっくりと起き上がる柚希に、美園から借りた体温計を渡す。
「……ちょっと待った!」
柚希が受け取った体温計を服の中に入れようと、胸元のボタンに手を掛けた所で突然大きな声を出す快斗に、柚希は驚いて動きを止めた。
「あ…悪ぃ。俺、キッチンにこれ置いてくっから、計り終わったら呼んで。」
「うん…?」
快斗は言うや否や立ち上がり、買ってきた物の入った袋を持ってキッチンへと消えた。
「………………………………………あ。」
驚いた事で眠気が覚めてきた柚希は、しばらくの間を空けてから快斗が待ったを掛けた理由に気付いて頬を染める。
(あーもう…快斗の目の前で何しようとしてるの私…)
自分の寝起きの悪さに呆れながら、柚希は今度こそボタンを外して体温計を服の中に入れた。
「36度6分…。」
「下がった!」
計り終わった体温計を快斗に見せてからベッドを出ようとする柚希を、快斗は目の前に手を出して止める。
「待った。お前、平熱は?」
「さ…36度5分。」
「…………本当は?」
ぎくりとした様子で言う柚希を疑わしい目で見てからそう言うと、柚希は視線を横に逸らす。
「……35度、5分。」
「もろ低体温じゃねえか!じゃあまだ微熱ってとこだろ?今日くらいゆっくり休めって。」
「でも学校が…て言うか今何時?」
「学校なら今日は休みって言ってきたぜ。」
時計を見ようと振り向いた柚希は、快斗の言葉に再び視線を前に戻す。
「え?」
「俺も柚希も今日は欠席。ほら、これ貼るから前髪上げてみな?」
「俺もって、何で快斗まで…。」
そう言いながらも素直に前髪を上げる柚希の額に、快斗は冷却シートをぺたんと貼り付ける。
「冷たっ。」
「バーロー、1人暮らしなの知ってて放っておけるかよ。」
柚希は快斗の言葉で顔に熱が集まるのを感じながら、小さくありがとう、と呟く。
それに少し視線を外しておう、と返した快斗の頬も、僅かに赤みを帯びていた。
「ごちそうさまでした。」
「レンジで温めただけだけどな。」
快斗が用意してくれたお粥を食べきった柚希が食器を片付けようとするのを、さり気なく止めて立ち上がりながらそう言うと、快斗はニッと笑う。
流し台で食器に水を張って戻ってくると、再び柚希の隣に並んで座った。
「ほい、総合ビタミン剤。これも美園先生から貰ったんだけどな。」
「ありがとう。」
受け取った錠剤をミネラルウォーターで流し込み、グラスをテーブルに戻すのを見計らって快斗は声を掛ける。
「柚希、気分悪かったりしねえか?」
「うん、大丈夫。この感じなら明日は確実に学校行けるよ。あ、青子が心配してるかな?一応連絡しておこうかな。」
そう言って携帯を手に取ると、画面を表示した所でふと思い出したようにあ、と声を上げた。
「そういえば、快斗の携帯ってもしかして水没した?」
「え?」
「何度掛けても呼び出さなかったから、もしかして海に……じゃなくて、ほら、昨日雨降ってたから…いや、壊れたとしても水没とは限らないよね!て言うか、そもそも壊れたとは言ってな…」
「柚希。」
視線を逸らして慌てたように言う柚希の声に被せるように名前を呼ばれ、快斗の方を見ると真っ直ぐな視線に動けなくなる。
「ありがとな。けど……もう知らないフリしなくて良いんだ。」
ゆっくりと告げた快斗の声が、静かな部屋に響き渡った。
☆update 2015.04.17