薔薇と宝石の約束




「……もう知らないフリしなくて良いんだ。」





jewel.56
〈述懐 2〉







静かな部屋に響き渡った快斗の声に、柚希は動かない身体の代わりに視線をさ迷わせる。


「柚希。……こっち見てくれ。」


優しい声と、そっと頬に触れる手の温もりに、柚希は恐る恐る快斗の目を見つめる。
今朝寝ぼけ眼から覚醒してからは普段通りに接するのが精一杯で、一度も快斗とまともに目を合わせられていなかったが、真剣で、でも優しいその瞳に柚希はどこか安心するのを感じた。


「ずっと隠してた。言うつもりもなかった。本当の事を言う事で、柚希を危険な事に巻き込みたく無かったんだ。けど…それじゃ出来ない事があるって思い知った。あの時…銃口を向けられたお前の所に、俺は駆けつける事さえ出来なかった。」


快斗はゆっくりと立ち上がると、一瞬の内に純白に包まれた姿へと変わる。


「だから…これからは堂々と、お前を守りたい。」


言いながら柚希の前に膝を折り、見開いている瞳を見上げる。


「俺は怪盗キッドで、怪盗は犯罪者だ。それでも…柚希、お前を守るために側に居させて欲しい。」

「…前に私が言った事、覚えてる?」

「え?」

「“あなたの正体が私が考えてる人なら、私はあなたを守りたいの”」


それは漆黒の星(ブラックスター)を狙った船上パーティーの時。
蘭に変装したキッドを見抜いた柚希に、“自分を捕まえるか”という問い掛けをした際、否定の言葉と共に言われた台詞。


「あなたが怪盗だとか犯罪者だとか、そんな事は分かってる。もう、とっくに答えは出てるんだよ。」


ソファから降りて両膝を付くと、快斗と同じ高さの視線で微笑みかける。






「私にとって大事なのは、あなたが“黒羽快斗”だっていう事、ただそれだけなんだよ。」






その言葉に一瞬呼吸をするのも忘れた快斗は、思わず柚希を抱き寄せた。
触り心地の良い白い衣装から伝わる温もりが嬉しくて、柚希は久しぶりに幸せな気持ちでいっぱいになるのを感じる。


「快斗。話してくれて、ありがとう。」

「お礼を言うのは俺の方だって。」


そう言って抱きしめる腕を強くすると、柚希も快斗の服をギュッと握りしめる。


「本当にありがとな。それに、心配かけて悪かった。」

「うん…。」

「俺は絶対柚希の前から居なくならねえから。」

「うん…。」

「……復讐とか、許さないとか、そんな事は…もう考えなくていいから。だから、お前は笑っててくれ。」

「っ……うん。」


一瞬間を置いて快斗を見上げた柚希の顔には、涙を零しながらも満面の笑みが浮かんでいた。
その頭をクシャッと撫でてから、快斗はもう一度強く抱きしめた。










ベッドでぐっすりと眠っている柚希の様子を確認すると、快斗は家具の組み立ての続きに取り掛かる。
以前約束したまま、何だかんだ先延ばしになってしまっていたそれを黙々とこなし、残るはロフトの上に置く本棚だけ。

どうやらロフトは読書スペースの様で、床に大量の本が山積みとなっている。
ドライバーでネジを回しながらそれらに視線を向けると、小説を中心とした様々なジャンルの物があるが、中でも存在感を放っているのはシャーロック・ホームズのシリーズ。


(全部、和訳と洋書が1冊ずつ揃えてある…。ホームズには詳しくねえけど、きっとシリーズ全部揃ってるんだろうな。これも名探偵の影響か?)


そんな事を考えつつも手は動かし続けて、着々と完成に近づいていく。
そして、最後のネジを回し終えた時、下から快斗を呼ぶ声が聞こえた。


「起きたか?」

「…かえっちゃったと思った…。」


寂しそうに瞳を揺らして見上げてくる柚希の頭を、快斗は何かを誤魔化すかの様に少し乱暴に撫でる。


「今日はずっと居るっつったろ。」

「うんっ。」


嬉しそうに柔らかい笑みを見せる柚希に、快斗も口元に笑みを浮かべた。

飲み物を渡してから、組み立てた家具の配置を柚希に確認しながら設置を終えると、ソファに並んで座る。


「全部やってもらっちゃってありがとう。」

「約束したんだから当然だろ?」


ニッと笑って言う快斗にもう一度お礼を言うと、柚希はふと思い出した事を訪ねる。


「ねえ、快斗。今更なんだけど、どうやって家に入ったの?」

「あぁ…昨日帰る時に、お前は寝てるから鍵締められねえし、どうしようかと思って、管理人さんの部屋に行ったんだよ。で、お前が風邪で寝てるのを説明したら締めてくれて、次の日見舞いに来るって話をしたら、今日来た時に合い鍵を貸してくれたって訳。」

「そうだったんだ。」


ポケットから出した鍵を見せながら言うと、柚希は目を丸くするが、次の快斗の言葉を聞くと嬉しそうな笑顔を見せる。


「あの管理人さん、お前の事ずいぶん気に入ってるみてえだな。」

「たまにお話してるんだけどね、離れた所に居るお孫さんが私と同い年で、何だか嬉しいらしいんだ。」


嬉しそうに言う柚希を見ていた快斗は、ふと思い出したように小さく口を開く。


「あのさ、柚希。1つ聞いて良いか?」

update 2015.04.20
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