「…柚希?」
白馬が去っても動く気配のない柚希の顔を青子がそっと覗き込むと、丸くした瞳で左手の甲を見つめている。
「……びっくりした。」
そう呟いてからゆっくりと顔を上げた柚希は、快斗と目が合うと若干気まずそうに目を逸らした。
「青子、白馬君って…いつもあんな感じなの?」
「んー、雰囲気的な意味ではいつも通りだけど、“ああいう事”するのは初めて見たかな。そういえば柚希って、アメリカに居たのにスキンシップ慣れてないの?」
「まぁハグくらいなら確かにあったけど、アメリカに居たのは1年間だけだから、自然に出来る程慣れないよ。それに……」
急に口ごもる柚希を不思議に思いつつも先を促すと、少し躊躇ってから普段よりも小さな声で話し出す。
「…い、いくら手だとはいえ、身内以外から………キス、なんて…初めてなんだもん。」
「!!」
言いながら真っ赤になる柚希の姿に思考の停止した快斗には、その後の2人の会話は一切聞こえなかった。
jewel.59
〈白が黒にもたらすモノ 2〉
昼休み、青子は委員会の集まりが有り、快斗も先生に呼ばれて授業後すぐに居なくなってしまった。
青子を通して最近話すようになった恵子も見当たらない為、何処かのグループに入れてもらおうかとランチバックを手に立ち上がろうとする。
「柚希さん、良かったら一緒にどうです?」
「え?」
不意に後ろから聞こえた声に振り返ると、白馬が布に包まれた弁当箱を見せながら立っていた。
「あれ?白馬君、1人?」
「えぇ。なので、相手をしてもらえると僕も助かる。」
「うん、私も1人だから大歓迎だよ。じゃあ青子の机借りようか。」
そう言って机を動かそうとする柚希に、白馬は制止の声を掛ける。
「いや、今日は天気も良い。せっかくだから外で食べないかい?」
「外?」
良い所がある、と言って歩き出す白馬に付いて行った先は、何度か通りかかった事のある中庭だった。
足を踏み入れるのは初めてのそこに辺りを見回していると、幾つか置かれているベンチも通り過ぎた先から白馬に呼ばれる。
中庭に沢山植えられた植物の中でも一際目立っている大きな木。
その影に見えなくなった白馬の後に続くと、そこには一つだけ置かれたベンチがある。
「座ってごらん。」
「うん…………え、凄い!」
ベンチに座って視線が低くなった途端、視界には周りの植物や青空のみで、学校の校舎は殆ど見えなくなった。
「学校じゃないみたい!」
「気に入って貰えたようで良かった。校舎側からも殆ど見えない位置だから、意外と知られてない穴場なんだ。」
「そうなんだ!白馬君が見つけたの?」
「いや、僕は此処に入っていく人物をたまたま見掛けてね。彼のサボりスポットだったようだから、既に君にも教えてるかと思ったけど、どうやら先を越せたようだね。」
「え…?」
突然サーッと吹いた風に葉の揺れる音で、後半が聞こえなかった柚希が聞き返すが、白馬は何でもないよ、と笑っただけだった。
保健室の一角で外を見ていた美園は、ガラッと遠慮なく入り口を開く音に振り返った。
「先生、この前は助かった!サンキュー!」
「どういたしまして。サボったの怒られなかった?一応私からも言っておいたけど…。」
「それなら、先生のおかげで1週間荷物運ぶの手伝ってチャラにしてもらえたぜ!」
遅くなったけど、と言って快斗が借りた物を手渡すと、それは良かった、と満足そうに笑いながら机に置いた。
そして、チラッと先程まで見ていた窓に視線を送ると、美園は快斗に意味深な表情で声を掛ける。
「ねぇ黒羽君。中庭のサボりスポット、工藤さんに教えた?」
「え?いやまだ教えてねぇけど……って何で先生知ってんだよ?!」
「私のこのデスクね、特等席なのよ。あのベンチが校舎側からハッキリ見える、唯一の場所なんだなー。」
楽しそうに言う美園とは反対に困ったような顔をした快斗は、恐る恐る口を開く。
「まじ?…じゃあ、サボった時はバレバレってワケ?」
「その通り。でも、それをどうこう言うつもりは勿論無いわ。私が言いたいのは“先を越されちゃったわね”って事よ。」
意味が分からないという顔する快斗に、美園は立ち上がり自分の椅子を差し出す。
「ま、自分の目で確かめるのね。」
「確かめるって、何を……………。」
椅子に座り外に視線を移した途端に言葉を失った快斗の目に映ったのは、ベンチに並んでお弁当を食べている、楽しそうな柚希と白馬の姿だった。
update 2015.05.08