薔薇と宝石の約束




(結局、一度もこっちに意識向けてくれなかった…)


授業の終わりを告げるチャイムを聞きながら、柚希は快斗に視線を向けるが、変わらず無反応のままだった。





jewel.61
〈白が黒にもたらすモノ 4〉







教師が出て行くのを確認して快斗に声を掛けようとした途端、肩に置かれた手に驚いて柚希は振り返る。


「柚希さん、ちょっと良いですか?」

「は、白馬君…。うん。」


昼休みの最後の言葉を思い出し恥ずかしくなるが、話を合わせるよう言われたのを思い出して立ち上がると、白馬に続いて廊下へと出た。
その様子を、快斗はチラリと視線だけ向けてそっと伺う。

廊下に出てすぐの、ドアを背にして立つ柚希と向かい合う白馬。
快斗の位置からは、ドアの窓越しにその姿が見えていた。


(ちょっと赤くなってたな…頬……)


廊下へと出る直前に見えた柚希の横顔を思い出し、快斗は奥歯を噛み締める。
そのままチラチラと2人の方を気にしていると、ふと白馬と目が合ったような気がした。


(白馬の野郎……昼休みも今も、俺が見てる事に気付いてやがる…)


今、快斗から微妙に見えるあの位置も、計算してやっているのかと思うとさらに苛つくのが自分で分かり、快斗は少し落ち着こうと外に視線を移す。
しかし、それも長くは続かず、結局気になって2人の方を見てしまう。

そして快斗はふと、微笑んでいる白馬の表情に違和感を感じた。


(白馬って…普段から人当たりは良いけど、ファンの女子とかにもあんなに優しく笑ってたか……?)


快斗に対しては兎も角、誰にでも柔らかい物腰で接するタイプの人間だとは思っていたが、どうも普段のそれと今の雰囲気に差があるように思えてならない。
そんな事を考えながらも2人の方を見続けていた快斗は、次の瞬間目を見開いた。


(ちょ、何してんだアイツ!!)


ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった快斗の視線の先では、白馬の顔が柚希に急接近し、耳打ちしている様にも、頬にキスを落としている様にも見える。

今すぐにでも飛び出して掴み掛かってやりたい思いとは裏腹に、1歩も動かない足にもどかしさを感じていると、白馬が何処かへ歩いて行くのが見えた。

それから少し間を空けて教室へと戻って来た柚希の顔は、出て行く時とは比べものにならない程真っ赤に染まっている。
そして何処かボーッとした様子で席に座る柚希に、快斗は恐る恐る声を掛ける。


「…柚希、どうかしたのか……?」

「えっ?!えっと……な、何でもない…。」

「………そうか。」


快斗の声に驚いて振り向いたものの、すぐに視線を逸らして床の方を見つめながら言った柚希の答えに、快斗はそれ以上何も言えなかった。










「柚希さん、さっき話した事ですが…。」


何の会話も無いまま6限目の授業とホームルームが終わると、快斗に隙を与えないとでも言うかの如く、白馬が柚希に声を掛けた。


「えっと…。」

「この後の、僕の家への招待。受けて頂ける気になりましたか?」

「あ…でも、いきなりお邪魔したら家の人に悪いし…。」


隣で会話を聞いている快斗は、柚希が断ろうとしている事に安堵する。


「それなら問題ない。今日は両親も、普段家の事をしてくれているバアヤも誰も居ない…だから気にしなくて大丈夫。」

「え?……だったら尚更…」

「おい白馬。いつも柚希は俺と帰ってんだ。勝手に連れてくんじゃねえよ。」


戸惑っている柚希の言葉を遮ってそう言うと、白馬は挑戦的な視線を向けてくる。


「…それは、“約束”してる事かい?」

「約束なんかしてなくても、いつもの事なんだよ!」

「ほう。だったら君に口を出す権利は無いだろう?誰と帰ろうが、それは彼女の勝手なんだから。」


そう言い切ると、白馬はおもむろに柚希の右手を握る。


「さ、行きましょう柚希さん。ロンドンから持ってきた、ホームズの貴重な資料なども見せてあげよう。」

「あっ……。」


柚希は困ったような目で快斗を見るが、白馬に手を引かれ、仕方なくそのまま教室を出て行った。


「ちょっと快斗、追いかけなくて良いの?!」


その場に立ったままの快斗が振り向くと、青子が心配そうな顔で口を開く。


「さすがに白馬君が何かするとは思わないけど、家に2人きりはいくら何でも…」

「うるせーな!アイツだって言ってただろ、誰と居るかは柚希が決める事なんだよ。」


顔を背けて言う快斗に、青子は思わず声を荒げる。


「あんた、柚希の何見てたの?!さっきの様子の何処が“柚希が決めた”様に見えるのよ!出て行く時、あんたに止めて欲しそうな顔してたじゃない!いつだって、柚希が自分で選んだのは…快斗の隣でしょ!?」




−−快斗と一緒に帰る約束してるの


−−い…一緒に買い物行ってもらえないかなっ…?


−−あなたの正体が、私が考えてる人なら…私はあなたを守りたいの。



−−快斗に、嫌われたくなかった。





−−私にとって大事なのは、あなたが“黒羽快斗”だっていう事、ただそれだけなんだよ。





「っ!青子、サンキュー!」


勢い良く教室を飛び出して行った快斗を、青子はほっとした表情で見送った。

update 2015.05.20
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