薔薇と宝石の約束




隣を歩く柚希の言葉に僅かに目を見開いた灰原の表情は、すぐに柔らかい物へと変わった。


「良かったわね。」

「…え?!」


全く予想だにしていなかった言葉に驚く柚希の様子に、灰原は小さく笑う。


「上手く行ったんでしょ?例の彼と。」

「何で…。」

「あなたの言い方でそれ位分かるわ。ま、工藤君も悪気があって言ってるんじゃないって事は、自分でも分かってはいるんでしょ?すぐに元に戻れっていうのも、無理があるでしょうけど。」

「哀…。ありがとう。」


自分達のせいで迷惑を掛けたにも関わらず、責めるような事を言わない処か、快斗との事を良かったと言ってくれる灰原に、柚希は嬉しそうに笑った。
しかし、彼女の次の言葉で自分の失言に気付き
、一転して青ざめた顔になる。


「いつか会ってみたいものね。その“カイト”君に。」


そう言って口角を上げた灰原の顔は、至極楽しそうなものだった。






jewel.68
〈兄妹喧嘩 4〉







木々に囲まれた道を進み森を抜けると、目の前に現れた大きな屋敷を並んで見上げる。


「こ、こりゃまたひどい屋敷じゃのぉ…。」

「使われなくなってから何年も経ってるって感じね。」

「そもそも、何でこんな山奥にこんな大きな屋敷を作ったんだろ…。」


不便だけど環境は良い、等という事も決して無いであろうこの場所に、かつては立派であっただろう屋敷を建てる理由がイマイチ解らず、柚希はぼやく。


「で?その箱のような石は何処に?」


コナンが子供達に声を掛けると、コレコレ!と指差しながらそちらへと歩いて行き、元太と光彦が見つけた時の様子を説明する。


「家のそばにある沼ん中を覗いてたらよ、この石の箱が水ん中に沈んでて、中に鯉が入ってたんだよ!」

「その鯉を捕まえようとして石ごと引き上げたら、刻まれた字に気が付いたんです!」

「鯉には逃げられちまったけどな…。」


ふぅん、と声には出さずに柚希もその石を覗き込むが、子供達の後ろからで距離がある為、中の文字までは読めず、すぐに諦めると辺りを見回し始めた。


「これって石灯籠じゃないのか?ホレ、日本庭園でよく見る石で出来た外灯じゃよ!これは真ん中のロウソクを立てる火袋という部分じゃよ。」

「確かにそう言われればそう見えますけど……もしそうなら、笠や土台の部分も何処かに落ちているはずですが…。」

「落ちてるじゃねーか。沼ん中に…。それも1つや2つじゃないみてえだぜ?」


コナンの言葉に、その視線の先を子供達が覗き込むと、沼の底に沢山の石灯籠が沈められているのが見えた。


「この家の周りに、何ヶ所も何かが置いてあった痕跡が残ってるね。分かりにくい様に足で擦って消そうとしたみたいだけど、その石灯籠が置いてあったのは間違いないと思うよ。」


いつの間にか周辺を見て回っていた柚希が戻って来てそう言うと、コナンがやっぱりそうか…と口角を上げ、歩美が不思議そうな顔をする。


「これを沈めた犯人は、灯籠なんて最初から無かったと思わせたかったんだ。せっかく見つけたこの暗号を自分以外の誰かに解読されて、お宝を横取りされねえ為にな…。」

「「「お、お宝?!」」」


途端に目を輝かせる子供達に柚希が苦笑していると、コナンは読めない彼らの為に灯籠に刻まれた文字を読み上げる。


「仁王の(ねぐら)
 日輪と咫尺(しせき)の間
 長老あまた集へる
 甚だしき殷賑(いんしん)の地
 其処に仁王の石は在り

 仁王の憤怒
 畏怖せざる者よ
 (こぶし)に溢るる其の石を
 手中に収め
 万古よりの(ことわり)
 識得すべし

 三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)

(仁王の…石?)


刻まれた文章の内容に気になる部分があった柚希が難しい顔をしていると、名前に聞き覚えのあった博士はコナンにそれを確かめる。


「三水吉右衛門って、確か幕末の…。」

「あぁ。佐幕派の浪人達に資金援助をしていた絡繰人形師だ。吉右衛門の作り出す絡繰人形は、まるで生きているようだと大名や商人に気に入られ、一代で財を成した…。人呼んでカラクリ吉右衛門。」

「じゃあその人が作った仁王の人形が、この家のどこかに隠してあるんでしょうか?」

「そうじゃないと思うよ。」


光彦の疑問に答えた声に、皆が柚希の方を振り向く。


「もし隠してあったとしても140年前の物。この家と同じくもうボロボロになって、価値は全く無いだろうからね。」

「そう、お宝は“仁王の石”の方だよ!」


柚希の言葉を引き継ぐように言ったコナンに、子供達は疑問の声をあげた。


「ただの石っころじゃねーのか?」

「仁王っていうのは金剛力士の事で、そいつの石なら金剛石…。金剛石を英語で言うと…宝石の王様、“ダイヤモンド”になる!」

「「「ダ、ダイヤモンド!!」」」


お宝と聞いた時以上に目を輝かせる子供達の横で、灰原がダイヤが日本に伝わった時期的にも合ってると教えれば、歩美は嬉しそうな顔をする。


「そういえば、この前ニュースでやってたのぉ、吉右衛門の倉から妙な地図が見つかったと。」

「きっと最近、テレビに映ったその地図から、この屋敷の場所を割り出した誰かがここへ来て、灯籠を見つけたんだ。灯籠にはまだ苔が生えてないから、沈めてからさほど時間は経ってないだろうし…。」


コナン達の話を聞きながら沼の淵に立って灯籠を覗き込む柚希は、快斗の言葉を思い出していた。


(確か、今回の獲物は持ち主がもう亡くなってるから予告状を直接出す相手が居ないって言ってた…。それに仁王の石…“拳に溢るる”って事は相当大きい…つまり、ビックジュエル。出来れば、邪魔したくないんだけどな…………っ!!)


視線の先にあるものを見つけて目を見開いた柚希は、コナン達にそっと声を掛ける。


「隠したかったのは、灯籠の暗号だけじゃなかったみたいだね…。」

update 2015.06.25
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