通路から滝のある空間に出てすぐに降りた、階段の裏側。
温泉の湯気で気付きにくいそこに出口への扉があった。
男の案内でその扉に向かう皆とは逆に、コナンは1人支流に向かって歩いている。
「コレ、小僧!そっちは出口じゃないぞ!…小僧!?」
「……。」
必死にコナンを止めようと声を掛ける老婆の後ろ姿を、柚希はジッと見つめていた。
jewel.75
〈兄妹喧嘩 11〉
「コナンくーん?どうかしたのー?」
真っ先にコナンの後を追いかける子供達の後ろから、柚希も支流に近付く。
「なあ知ってるか?草薙の剣がどこから出て来たか…。」
「え?」
「出て来た?」
「お前らも聞いた事があるはずだぜ?
天照大神の弟、
素戔嗚尊が
奇稲田姫を助ける為に、ある魔物に酒を飲ませて退治した話。その魔物の尻尾から出て来たのが、後に草薙の剣と呼ばれる
天の叢雲の剣だよ。」
「そ、その魔物って、もしかして昔話に出てくる…。」
コナンの説明に思い当たる物があったらしい歩美がそう聞いた所で、後ろから追い付いた柚希が口を挟む。
「その目は鬼灯の様に赤く、腹は血で爛れ、身は1つだが8つの頭と8つの尾を持つ伝説の大蛇…。そっくりだよね、この滝壺。」
「そう、
八岐の大蛇にな!」
コナンが滝壺をライトで照らすと、子供達はそちらを振り返る。
「なるほど?滝が大蛇の首で、その支流が尻尾ってわけね。」
「じゃあ、この支流のどれかに剣が…。」
「あぁ…伝説だと、剣が出て来たのは真ん中の尻尾。だからこの4本目か5本目の支流の先に草薙の剣はあるはずさ!」
自信満々にコナンは言うが、男性はイマイチ納得出来ない様子が伺える。
「まさか、湯の中を潜って行く気か?」
「よせよせ、何もありゃせんよ!それにこの先が谷底じゃったらどうする気じゃ?!」
「まぁ…絡繰吉右衛門なら、何か仕掛けを用意してると思うけど…。」
ポツリと言った言葉に、老婆からのキツい視線を感じた気がしたが、柚希が振り向いた時にはこちらを見ていなかった為、気のせいかと判断する。
そうしていると後ろからガコッと音がして、元太の驚いた声が聞こえた。
「岩が凹んだぞ…?」
支流を覗き込むのに手をついた所が突然奥へと凹んだらしく、何だコレ…と見ていると、今度は支流の方から鈍い音が聞こえてきた。
「なんかせり上がって来たよ!」
「な、流れが止まって……穴が通れるように!」
支流の先に繋がる穴が、お湯がせき止められた事で姿を表した。
「おーし、行ってみよーぜ!」
「ちょっ、元太君!駄目って言ったでしょ?!」
再び1人で先に行こうとする元太を慌てて柚希も追いかけ、首根っこを掴む。
「こらっ!!」
「どけ!!!」
「えっ?!」
元太を捕まえた途端、老婆に肩を掴まれ後ろへ数歩よろける。
驚いて前を見ると、老婆が支流の穴へと走り込んで行った。
「お、おい婆さん?!」
全員で慌ててその後を追っていると、通路の先から老婆の声が響く。
「おお!あれぞ正しく…草薙の剣じゃ!!」
自然と走る速度が早まり、追い付く直前、老婆の驚いたような声が聞こえた。
通路の先が見えた時、目の前には四方から勢い良く向かってきた大きな刃物を、か細い悲鳴を上げながらギリギリの位置で避けている老婆の姿。
「やっぱり、おばーさんもお宝目当てだったのね。」
腰が抜けた様に座り込んでいる老婆に呆れたように言った女性は、すぐに老婆には興味を無くし、目当ての剣へと視線を移す。
「でも厄介な仕掛けね。あの剣に近付こうとして床に重さが加わると、四方から刃が襲ってくる…。」
「…お婆さん、大丈夫?」
仕掛けについて考えている女性達の間をすり抜け、柚希は老婆の横にしゃがみ込み手を差し出す。
「あぁ、すまんね……おっと!」
手を貸して立ち上がらせようとした途端、バランスを崩した老婆が柚希に覆い被さるように倒れ込む。
尻餅を突きつつ支えた柚希だが、すぐに動こうとしない老婆に疑問を覚えた瞬間、耳元に近付いた老婆の口から小さく放たれた声に目を見開いた。
「ガキ連中の事は俺と名探偵に任せておけば大丈夫だ。だからオメーは、危ないマネすんなよ?」
コクリと柚希が頷くのを確認すると、老婆に扮した快斗は誰も見ていないのを良い事に、柚希の頭をくしゃりと撫でてから1人ですんなりと立ち上がる。
それに遅れて立ち上がると、柚希は耳元に残る快斗の声の余韻で、顔に熱が集まるの感じる。
(く、暗くて良かった…疑ってたとはいえ、あんな不意打ちなんてずるいよ……)
コナンが仕掛けを作動させて部屋の奥へと渡って見せる中、片耳を押さえた柚希は1人場違いな表情で視線をさ迷わせた。
update 2016.7.26