博士の車を見送った柚希がエントランスに入ると、奥の扉と並ぶ管理人室の前に人影が見えた。
「よぉ、お帰り柚希。」
「お帰り、柚希ちゃん。」
振り返った快斗と窓口越しの管理人から声を掛けられ、驚きつつもただいまと返事を返す。
「え、どうしたの?」
「柚希がいつ帰ってくるか分かんねぇし、下手に連絡して水差しても悪ぃからさ、此所で待ってる間、管理人さんに話し相手してもらってたんだ。」
「そうなんだ…。ありがとうございます。」
快斗の説明に尚も驚きを隠せず、しかし笑顔で管理人にお礼を言えば、優しい笑みを向けられる。
「いや私もずっと1人だからね、黒羽君と話せて楽しかったよ。」
またいつでも相手になるよと言ってくれた管理人にもう一度お礼を言うと、2人は並んでオートロックの扉の中へと入って行った。
jewel.83
〈言葉にせずとも〉
「お邪魔しまーす。」
柚希に続いて部屋に入った快斗は、以前積まれていた段ボールが全て片付いている様子をざっと見渡してから、ソファーへと身を沈めた。
「すっかり片付いたな。」
「うん、上の本だけはまだ手を付けてないんだけど、他は全部終わったよ。快斗、何か飲む?」
荷物を置いた柚希がキッチンへ足を運びながらそう言うと、いや…と断りを入れながらもたれていた体を柚希の方へ向けた。
「取り敢えず飲み物は良いから……こっち来てくれ、柚希。」
やけに真剣な表情で呼ぶ快斗に不思議そうな顔をしつつも、柚希は素直にソファーの方へと近付く。
「快斗?どうかした…っ?!」
ゆっくりと伸ばされる手に届く距離まで来た途端、しっかりと腕を捕まれた柚希は引かれるがままに快斗の胸に飛び込んだ。
座っている快斗の上に思い切りダイブした形になり、大丈夫だったかと体を起こそうとするが、それは背中に回された腕に阻まれた。
「か、快斗?」
「良かった……。柚希、お前が無事で…。」
耳元で聞こえる声に鼓動が早くなるのを感じながら、想像以上に心配してくれていた事に気付くと柚希も快斗の背中に腕を回して抱き付いた。
「ごめんね、心配かけて…。」
「いや、柚希が悪くねーのは分かってるんだ。ただ、もしあの時…お前らが屋敷の外に居るのを見た時に事件にも気付けてたら、巻き込まれる前に俺がどうにか出来たんじゃねぇかって…。」
池で遺体を発見した時に感じた視線は快斗のものだったのかと納得するのと同時に、丁度子供達の影になった遺体が見えなかった事で、事件に気付けなかったのを気にしているのだと悟る。
「大丈夫だよ。私は無事だし、快斗はちゃんと守ってくれたもん。」
少しだけ緩んだ腕の中で顔を上げると、快斗との近さに頬を染めながら微笑む。
「ありがとう。」
「柚希…。」
「…んっ………かい、っ…!」
そっと触れた唇の感触に真っ赤になりながら快斗の名前を呼ぼうとするが、それを遮るように再び降ってくる口付けに、柚希はきゅっと目を閉じた。
「柚希ちゃーん。大丈夫?」
嬉しさと恥ずかしさで真っ赤に染まった顔を、柚希は快斗の肩に押し付けたまま動こうとしない。
その代わりに、快斗の服を掴む手にぎゅっと力が入るのを感じ、頭を優しく撫でる。
まだ触れるだけのキスだけだというのに、これ程反応してくれると思わずにやけそうになってしまう。
「ほんっと、可愛すぎ。」
「快斗は、格好良すぎ…。」
「っ…そういうトコが可愛いって言ってんの。」
柚希の言葉に息を飲むと、苦笑しながら抱き締める腕に力を込めた。
「…快斗。あの時、トランプ銃貸してくれてありがとう。」
顔を埋めた姿勢はそのままに、柚希は小さな声で話し出す。
「新一の前でハッキリ言えなかった事、分かってくれて嬉しかった。」
「まぁ“何か事件が起きた”のは伝わったからな。一応遠距離の道具もあった方が良いと思ったんだよ。もう1つのメッセージもちゃんと分かったしな。」
−−−だから、博士にそれを警察に届けてもらいに行ったんです…
何気無い言葉。
しかしそれを口にする瞬間、ほんの一瞬だが柚希は自身の足、携帯ブレードのホルダーを着けている位置に触れていた。
「完成したんだな、新しいホルダー。」
「うん、丁度あの日に貰ったばっかりだったの。ずっとタイミングを探してたから、偶然歩美ちゃんが博士の名前を出してくれたのは助かったよ。」
以前博士から貰った道具を快斗に見せていた時、ふと“ブレード以外の物も収納出来たら便利だよな”と言った快斗の台詞を聞いて、柚希は阿笠博士に改良をお願いしていた。
そしてあの時『“博士に”それを警察に“届けてもらい”に…』という言葉と仕草で、柚希は“新しいホルダーをもらったから何かを隠し持つ事が出来る”というメッセージを送り、それに気付いた快斗からこっそりとトランプ銃を受け取った。
「それにしても、その阿笠博士ってすげぇよな。」
「正直、昔は失敗作とかくだらない物ばかり作ってるイメージだったんだけど、最近本当に凄くて見直してるよ。」
いつの間にか寄り掛かっていた体を起こしてクスクスと笑いながら言う柚希は、未だ頬に赤みを残しつつ快斗を真っ直ぐ見つめる。
「いつか、快斗の事を紹介したいな。」
「ああ。楽しみにしてる。…その前に、柚希に会わせたい人が居るんだ。」
会わせたい人?と聞き返す柚希の頭に、ポンと手を乗せて快斗は笑う。
「明日の放課後、ちょっと付き合ってくれ。」
update 2017.4.29