薔薇と宝石の約束




翌日の放課後、約束した通り快斗に手を引かれるままたどり着いたのは、1件の小さな店だった。





jewel.84
〈言葉にせずとも 2〉







“ブルーパロット”という店名が書かれた看板に、共に書かれた“プールバー”の文字。
実際に目にするのは初めてだが、確かビリヤードが出来るバーの事だったはず、と思いながら不思議そうに快斗を見上げる。


「プールバーって、高校生が入っても平気なの?」

「酒飲む訳じゃないから平気だって。昼間は滅多に他の客来てないしな。」


そう言って躊躇なく扉に手を掛ける快斗に目を瞬かせながらも、柚希はその後を追った。

店内は昼間の明るさを感じさせない、控えめな照明の光が広がっている。
入って右側の空間にいくつか並ぶビリヤード台の上だけは、他に比べれば少し明るめの照明が、まるでスポットライトの様に鮮やかな緑を照らし出し、その存在感を際立たせていた。

初めて見るその景色に気を取られていた柚希は、ビリヤード台とは反対方向に手を引かれてやっと、バーカウンターに気付く。

「よぉジイちゃん。柚希連れて来たぜ!」


様々なお酒のボトルやグラスが並ぶ棚を背に、カウンターの中に立つ初老の男性。
“ジイちゃん”と呼ばれて微笑む彼を見て、柚希は優しさに包まれるような感覚を覚えた。


「いらっしゃいませ、柚希さん。お会い出来て嬉しいです。」

「あ……はじめまして、工藤柚希です。えっと、快斗の……お祖父さん、ですか?」

「ジイちゃんは、俺のじーちゃんじゃねぇよ。」


柚希の問いに、快斗は小さく笑いながらそれを否定した。


「私は、快斗ぼっちゃまのお父上、黒羽盗一様の付き人を致しておりました、寺井黄之助と申します。」

「あ、それで“ジイちゃん”なんですね。」

「ジイちゃんは、親父の時からキッドの仕事も手伝ってくれてんだ。」


改めてよろしくお願いします、と挨拶をして、寺井の出してくれたコーヒーを飲みながら3人の会話は弾んでいく。
昨日のからくり屋敷の話をしていた途中、快斗が思い出した様に声をあげた。


「そういや柚希すげぇよな。トランプ銃、威嚇にでも使えればと思って渡したのに、キッチリあの女の銃に命中だもんな。」

「ほう、それは凄いですな。」


エアガンでも弄った事あんの?という快斗の問い掛けを、柚希はさらりと否定する。


「エアガンは使った事ないよ。実銃だけ。」

「……はぁ?!」


あまりに予想外の答えに快斗は一瞬凍りつき、これ以上ない大声を上げながら身を乗り出した。
その声にびくりとしながら寺井の方にそっと視線を向けると、声こそ出さないものの目を大きく開いている。


「や、あのね……数年前に家族でハワイに行ったんだけど、その時にお父さんが射撃場に連れて行ってくれて……。新一には敵わなかったけど、筋は良いって誉められたから、反動の少ないトランプ銃は扱いやすかったかなぁ、なんて……。」


確かに実銃を撃った事がある一般人なんて、例え銃の保有が許されているアメリカでも多くはない。
ましてや日本人の柚希がそんな経験があると平然と言うだなんて、驚かれるのは当たり前だと気付き、柚希は慌てて経緯を説明して苦笑いするしかなかった。


「いや、理由は分かったけどさ……普通ハワイに旅行行って射撃場には行かなくね……?せめて女2人はショッピングとかだと思うんだけど。」

「うん、お母さんはそう言ったんだけど……その頃私、新一が出来る事は自分でも出来るはずだ、って対抗心持ってた時期で……つい?」


恥ずかしそうな表情でそう言う柚希に、快斗は意外そうな顔をする。


「へぇ……お前らはずっと仲良いんだと思ってた。」

「あ、私が一方的に対抗心燃やしてただけで、仲悪くなったり喧嘩したりはした事ないよ。……あ、でも昨日は初めて喧嘩したっけ……。」


表情にこそ出ていないが、少しだけ寂しそうな声色を感じて何か言おうとする快斗を、寺井は遮る。


「快斗ぼっちゃま。次の仕事の道具等が用意出来ているので、2階で確認して来て頂けますか?」

「え?あ、あぁ分かった。柚希、ちょっと待ってて。」


そう声を掛けると、カウンター横の扉から2階へと上がって行った。










「ーーは実りませんでしたから。」

「そう、なんですか……。」


仕事道具の確認を終えて階段を降りていると聞こえて来た寺井達の声。
何の話だろうかと思いながら店内への扉を開くと、柚希の何処か切なそうな瞳が見えた。


「……私は、絶対に終わらせません。自分の為ももちろんだけど、ジイちゃんが喜んでくれると思えば、もし何かあったとしても頑張れます。」

「それは嬉しいですね。」


にこりと微笑み合う2人に不思議そうな顔をしながら、快斗は声を掛ける。


「柚希、今ジイちゃんって呼んだ?」

「あ、おかえり。私もそう呼ばせてもらう事にしたんだっ!」


嬉しそうに微笑む柚希を見て寺井と打ち解けたのだと分かり、快斗もそっか、と同じく笑みを浮かべた。

update 2017.09.05
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