薔薇と宝石の約束



いつも通りの放課後の教室。
一週間の授業が終わり、晴れ晴れとしたその空気を一瞬にして凍りつかせたのは、唐突な青子の一言だった。


「はぁ?!今、何て…?」

「だからっ!日曜日、“私とデートして”!!!」


快斗の机に両手を付き、前のめりになりながら迫る青子に、快斗はもちろん隣の席に座る柚希も目を大きく瞬かせる。

一瞬静まり帰った教室内は、急にどうした、何のドッキリだと、控え目な声でひしめき合う。


「おい青子、何の冗談だよ…。」

「冗談なんかじゃないわよ!青子は本気で言ってるの!!」

「ちょ、待てって…。」


その声にクラスメイトは再び黙りこみ、息を飲みながら柚希の方へと視線を向ける。

それまで黙っていた柚希の表情からは、何を考えているのか全く読み取れない。
何か言った方が良いのだろうかと思案する者も居る中、柚希は静かに立ち上がった。


「…快斗。どうしてすぐに断らないの?」

「え……柚希?」

「よりにもよって、私の目の前で断らないなんて……。行って来なよ、デート。私は私で好きに過ごすから。」

「お、おい…。」


鞄を掴んで真っ直ぐ扉へと進む姿を皆が冷や汗を流しながら見つめる中、1人だけがさっと柚希へと近付く。


「柚希さん。良かったらあなたのその空いた時間、僕に頂けますか?」

「白馬君。」


柚希が振り向くのと同時に、ガタッと音を立てて快斗が立ち上がる。


「おい白馬!柚希がオメーと行く訳ねぇだろ!」

「そんなの快斗が決める事じゃない。…白馬君、よろしくね。」

「えぇ。」


淡々とした声で快斗に告げた柚希は、白馬と共に教室から姿を消す。

呆然とその様子を見送った快斗は、数秒後に机越しに感じた軽い振動に目を落とした。
携帯に表示された通知を隠すように伏せてから、気まずそうな顔をしている青子を見据える。


「良いぜ。デート、してやるよ。」





jewel.85
〈究極のピンチヒッター〉
―忙しい休日編―







開いた扉の隙間から差し込む光に、中に居た2人が振り返る。


「快斗、早かったね。」

「あの空気のままじゃ、帰るに帰れない皆に悪ぃからなー。取りあえず必要な話だけして出て来た。」

「確かに、クラスの皆には悪かったよね。」


そう苦笑する柚希にも快斗にも、教室で別れた時の険悪な雰囲気は全くない。


「大体の事情は柚希さんから聞いていますよ、快斗ぼっちゃま。」


快斗の分のジュースを出してくれる寺井にお礼を言いながら、柚希の隣へと座った。
すっかりこの店の常連となった柚希の前では、好みに合わせて寺井が特別に用意した紅茶がゆらゆらと湯気を上げている。


「白馬は?」

「取りあえず、日曜までは話合わせてくれるって約束だけして帰ったよ。」

「ほんっと、お前には甘いよな…アイツ。」


頬杖を付きながら呆れた様に呟く様子に、柚希は小さく笑う。


「“僕は柚希さんの手助けならいくらでもしますよ。日曜日はキッドの予告日ですが、簡単なミスをするような彼に興味はありません”だって。」

「あぁそうかよ。……で、青子のあの行動は、やっぱりソレだよな?」

「十中八九、そうだろうね。」










前日の夜、仕事を中断して帰ってから柚希に電話してきた快斗の第一声は、“ヤバいかも…”だった。


「顔を見られた?!」

《一瞬ではあったけど、もろにライト当てられちまってさ…。すぐにマントで隠したけど、近くに居た警部には見られたかも…。》

「うーん…そっかぁ。……その獲物、もう1度盗りに行くんでしょ?」

《あぁ、次の日曜。予告状も置いてきたし。》

「だったら、その時に疑いを晴らす何かを考えなきゃね。」

《だな…。明日、ジイちゃんの店に寄って考える。》

「ん。じゃあ私も行くね。」










そんな会話をした翌日の、この騒動。

快斗がキッドだと疑った中森警部が青子にその事を話し、次の予告の日曜になれば分かるとでも言われた青子は、思わず自分とデートの約束があるから絶対に違うと言ってしまった。

それが2人、いや白馬を含めた3人の見解だった。


「でも、何で青子と…。柚希とで良いはずだろ?」

「多分だけど、“柚希ちゃんも仲間かもしれんぞ”なんて言われたんじゃないかな?」


中森の話し方を少し真似て言えば、快斗はそれだな…と視線を遠くへ投げる。


「つーか、柚希の演技上手すぎて一瞬焦ったんだけど。」

「焦った?」


思い出した様に言った快斗を不思議そうに見る柚希に、少し眉を下げながら、何処か言いずらそうに口を開く。


「いや、あそこで白馬が乗って来たのが予想外だったのもあったけど……マジで…怒ったのかと思った。」

「……。」


ぽかんとしたまま何も言わない様子に快斗が戸惑っていると、不意にふにゃりと笑顔を見せる。


「私ね、快斗の事大好きだよ。」

「へ?」

「大好きだから、信じられる。訳も聞かずに怒ったりしないよ。」


へへ…と笑う柚希に呆気に取られながら顔を赤くした快斗は、寺井の目の前だと気付いてハッと我にかえった。
その様子に寺井は笑みを深くする。


「所で、何故柚希さんの態度が演技だと気付いたのですか?」

「あ、あぁ…柚希が教室を出てすぐ、“此所で待ち合わせしよう”ってメッセージが届いたんだよ。」


恥ずかしさを隠せないままの快斗が見せた携帯の画面には、柚希からのたった一言のメッセージが表示されていた。


──約束通りに。──



update 2018.2.20
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