薔薇と宝石の約束




プシューと音を立てて室内に広がる煙に、警官達は辺りを警戒しながら見渡す。
侵入者の姿を捉えようと真剣な表情だった彼等は、その煙を吸い込んだ数秒後…次々と床で眠りについた。


(さてと、さっさと終わらせて戻らねぇと…)


キッドは催眠ガスの煙が治まったのを確認すると、目的の“天使の王冠”が飾られているガラスケース前に静かに降り立つ。


(警部の姿が見えねーな…)


ケースに手を掛けながら目だけを動かして周りを確認するが、倒れている人間はどれも制服姿。
先日顔を見られたのもあって、今日はいつも以上に気合いが入っているはずの彼が見当たらない事に疑問を抱きつつも、キッドは王冠にそっと手を伸ばす。

手袋越しの指先が僅かに触れたその瞬間、両の手首に衝撃が走った。


「っ!?」


突然の事に目を見開くキッドの目に映るのは、王冠の置かれた台座から飛び出た人の手が、自分の手首を掴んでいる様子。
その手の持ち主は勢い良く立ち上がり、台座の中から姿を現した。


「わっはっは!掛かったな怪盗キッド!!」


頭に王冠を乗せたまま、中森は怪しげな笑みでキッドのシルクハットとモノクルへ手を伸ばす。


「今こそ貴様の正体を暴いてやる!!」

(待ってたぜ、警部!)


快斗の顔が露になるのを確信しながら、中森は掴んだそれらを勢い良く剥ぎ取る。


「…あ……青子ぉ?!!!」

「フッ…私が変装の名人だなんて周知の事実。中森警部、私はあなたの身近な人物を全て把握しているんですよ。」


目の前に表れた娘の顔に動揺した中森は、キッドの言葉でやっと落ち着きを取り戻す。


「じ、じゃあ、この前の快斗君も…。」

「勿論です。今度はあなたに変装して見せましょうか?中森警部。」

「くっ……!」


悔しさで言葉を詰まらせた中森は、キッドが去り際に青子の声で“じゃあね、お父さん”と言うのを聞くと、怒りで顔を真っ赤に染めた。


「こ、このっ……追えーっ!!!」





jewel.87
〈究極のピンチヒッター 3〉







キッドが中森を撒いて寺井の車へと乗り込んだ頃、青子は映像に合わせて激しく揺れる座席に小さな悲鳴を上げながら、隣の快斗の腕を掴む。


(あぁ…お願いだからあまり掴まないで青子…)


快斗の格好をしている柚希は、腕の細さまでは誤魔化せないと内心焦りつつ、間もなく迎えるアトラクションの終わりの時間まで、気付かないでくれと祈るばかり。


(快斗からの連絡、まだ来ないけど大丈夫かな?)


シアタールームに入る前、照明が暗くなった時に場所を入れ替わり、上着や帽子等を交換した2人は、事前に仕込んでおいた盗聴機とボタン型スピーカーを使い、快斗がシアターを出た後も青子との会話を成立させていた。

アトラクションが終わった後は再びスピーカーを使って快斗がトイレに行くと言い、その中で入れ替わる予定で、キッドの仕事を終えて準備が出来たら携帯のバイブで合図が来る事になっている。

しかしスピーカーの受信範囲には限界がある為、距離が遠いとその作戦は実行出来ない。


(出来れば使いたくないから“あれ”の事は快斗に言ってないけど、もしかしたら必要になるかも…)










「くそっこのままじゃ間に合わねぇ!」


遊園地には着いたものの、走るにも人混みを避けながらとなると中々うまく進む事が出来ない。
もっと早く辿り着く術はないものかと周りを見渡すと、ある物が目につく。


(ドラゴンコースター…あれって確か……)


頭に叩き込んだ園内の配置を思い浮かべれば、目の前に見えるジェットコースターの通り道にあのシアターがあると気付く。


(あれで移動すれば…!)


無謀だとは分かっていても今はとにかく時間がない。
ごくりと息を飲むと、覚悟を決めて快斗はそちらに足を踏み出した。




人目を掻い潜り点検用の通路に潜り込んだ快斗は、ドラゴンコースターの乗り場の影でタイミングを見計る。
スタッフにも乗客にも気付かれず、動き出すコースターの横に張り付く様に掴まると、どんどん高く登っていく感覚に心臓の鼓動は速さを増していく。
改めて掴まる手足に力が入ると、コースターはゆっくりと角度を変え、その半分以上が下り始めた所で急激に速度を増していった。










「流石にキツかったな…。」


何とかシアターの近くで降りられた快斗は、もう2度とこんな事はしないと自身に誓いながら 施設内へと入り込む。
盗聴機のスイッチを入れると聞こえて来るのはラストシーンの音。


(ギリギリ間に合った!)


一息吐き、通信装置を準備しようとポケットに手を入れた快斗は一度動きを止め、そしておもむろに他のポケットへと手を入れる。
さらに別のポケット、次、そのまた次と身に付けた服の全てのポケットの中を探り、再び動きを止めた快斗は、全身から血の気が引くのを感じた。


(嘘だろ…………通信機が、ねえ……)


update 2018.10.10
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