「もーすごい迫力で青子びっくりしちゃった!」
アトラクションも終わり、柚希の手首から手錠を外してくれた青子は、テンション高く感想を言い続けている。
気まずさを必死に隠そうとしているだろう事はすぐに分かったが、今はそれをフォローしてあげる余裕は無い。
柚希は首もとに一度触れると、覚悟を決めるかの様に静かに深呼吸をした。
jewel.88
〈究極のピンチヒッター 4〉
(まさか通信機を落としちまうなんて、どーすんだよこれ…)
入れ替わる予定だった出入りの少ないトイレの入口前で、快斗は落ち着きない様子でイヤホンから聞こえてくる声を聞いていた。
当初の予定通りに柚希が此処へ来てくれれば良いのだが、それには声を出さない訳にいかない。
姿こそ快斗の手で完璧に変装しているが、声を変えるなんて芸当が柚希に出来る筈がない。
(そもそも、今は青子が一方的に話してるから良いけど……)
そう考えた途端、イヤホンから青子の聞きたくない言葉が届いてしまう。
『ねぇ、快斗も楽しかった?』
『…ぉ、おう。迫力もあったし、結構楽しかったぜ!』
やばい…そう思ったのも束の間、すぐに聞こえた声を自分の声だと理解するのに、驚くばかりで数秒掛かってしまった。
『青子、俺トイレ寄りてぇんだけど。』
『あ、じゃあ青子はここの前にあったお店見てるね!』
呆然としながら2人のやりとりを聞いていた快斗が、慌てて清掃中の立て札を置いたトイレの中へと入ると間もなく柚希もやって来る。
「ふぅー疲れたぁ。」
「柚希、その声…。」
戸惑った様な快斗に柚希は得意気な笑顔を見せる。
「ビックリしたでしょ?これのお陰なんだー。」
そう言ってハイネックの襟を捲って見せた柚希の首には、チョーカーの様な物が付けられている。
「博士が新しく開発したチョーカー型変声機で、ここを押すと…はい、元の声です。」
「すげぇー、こんなのあったのかよ…。だから服用意する時にハイネックにしてくれって言ってたのか。」
「うん、まだ試作段階な上に今朝調整が終わった所で、ちゃんと使えるか心配だったから快斗には言ってなかったの。ごめんね?」
上着を脱ぎながら眉を下げる柚希に、快斗は俺こそ悪い、と謝る。
「時間が無くてちょっと無茶したら、通信機落としちまって…。不安にさせてごめんな。」
「ううん、私は大丈夫。今は青子の方が色々と不安だと思うから、早く安心させてあげなくちゃ。」
今回の騒動を終わりにするには、まだもう一仕事残っている。
快斗がキッドでないというアリバイは既に出来たが、今の時点で柚希にはそれが無い。
そして、青子は自分のせいで2人が喧嘩していると勘違いしている。
この2点を上手くやり過ごす為、お互いに目を合わせて微笑み合うと、違う方向へと足を踏み出した。
人気の少ない多目的トイレで変装を解き、再び着替えを済ませた柚希は、荷物を待機していた寺井に預けてから入場ゲート近くまで戻って来ていた。
「柚希さん。」
呼ばれた名前に振り向くと、探していた姿に笑顔になる。
「白馬君!わざわざありがとう。」
「いえ、今日まで協力すると約束したのは僕の方ですから。それに、そんな可愛らしい姿の柚希さんを見られるだけで、来た甲斐は十分にある。」
「お、お世辞は良いからもう行こうっ!」
顔を真っ赤に染めてワンピースを翻すと、スタスタと早足で歩き始める様子に白馬はフッと楽しそうな笑みを溢しながら後を追った。
「…あ、お父さん。」
「へ?」
ポツリと溢した青子の声に横を見ると、手元の携帯に中森警部の写真が文字と共に表示されている。
「何々?“今夜、怪盗キッドが天使の王冠を狙って再び現れた。確保に失敗した中森警部は悔しさを隠しきれない”…。残念だったな青子、今日もキッドの勝ちみてぇだぜ!」
「…良かった。」
「え?」
小さな声に聞き返すが、何でもないとはぐらかされる。
しかし、それまで強張っていた表情が僅かに緩んだのを感じ、快斗は心の中で一息吐いた。
「あれ?……ねぇ快斗、あれって柚希じゃない?」
青子の指差す方向にはワンピースに着替えた柚希の姿。
そして遅れて見えたその隣には白馬が並んでいる。
「っ…。」
分かっていても気分が悪い。
思わず息を飲んでしまった快斗は、青子の心配そうな視線がこちらを向く前にポーカーフェイスを貼り付ける。
しかし、それが逆に青子の不安を煽ってしまった。
「快斗、ごめん……。私行ってくる!」
「青子っ!」
突然走り出した青子は一直線に柚希達の元へ向かう。
「っ柚希!」
「青子?!何で此処に……。」
「ねぇ柚希、白馬君とずっと一緒に居た?!」
問い掛けに答えるより先に両肩に手を乗せて聞いてくる青子に驚きつつ、お昼からずっとだと言えば、確かめる様に白馬へと視線を移す。
「ええ、間違いありません。」
「…そっか。」
安心したのか柚希に抱きついて来た青子を優しく抱き留めると、ゆっくりと話を始める。
「ねぇ青子。理由は話さなくて良いから、教えて?快斗に“デートして”って言ったのは、何か事情があったんだよね?」
青子が小さく頷いた後、何か言おうとしているのを感じて遮る様に再び口を開く。
「謝らなくていい。青子なりに必死に考えた結果だろうって、解ってるよ。私も、快斗も。」
「オメーが本心で俺達の仲を裂くような事する訳ねぇからな。白馬だって気付いてたぜ?」
「どんな理由かまでは知りませんけどね。尤も僕は、柚希さんが1人にならない様に一緒に居ただけです。」
追い付いて来た快斗に続いて白馬もそう言うと、顔を上げた青子の目には涙がいっぱいに溜まっている。
「じゃあ…2人共もう喧嘩してないの?」
「うん!」
「おう!」
重なる2人の声に我慢していた涙が溢れ出した青子を柚希は再び抱き締める。
「それにしても、まさか同じ所に来てるなんてね。せっかくだから4人で遊ぶ?」
「は?!何で白馬のヤローと一緒に…!」
「おや、僕は構いませんよ。嫌なら黒羽君だけ先に帰ってはどうですか?」
「あんだと?!」
いつもと変わらぬやり取りに、いつの間にか青子にも笑顔が戻っていた。
update 2019.1.27