空白の10年を、こんなにも憎く思った日はなかった
jewel.89
〈守るべきもの〉
「だから、今日はこのまま園子の家に行くね」
「じゃあ駅まで送る」
放課後、昇降口までの廊下を並んで歩きながら一緒に帰れなくなった事を伝えた柚希に、快斗は当然のようにそう言った。
「でも、快斗遠回りになるよ?」
「別に大した距離でもねぇんだか……うおっ?!」
突然妙な声を上げ、前のめりに数歩前進した快斗の背中には抱き付くようにくっついている人物が一人。
ついでに目隠しまでしているから快斗は誰の仕業か分かっていない様子で、柚希は思わず苦笑しながらも声を掛ける。
「どうしたんですか?美園先生」
「え?!せんせー、何してんだよ……」
驚かせて満足したのかアッサリと離れると、美園は正面から快斗を見つめ、ニッコリとわざとらしい笑顔を見せた。
「話は聞かせてもらったわ。黒羽君、資料作り手伝って」
「は?!」
「だって工藤さんは用事があるんでしょう?どうせ暇なんだから手伝ってよ」
そう笑いながら言う美園に呆れた顔をしてはいるが、結局手伝ってあげるのだろうと柚希は快斗の肩を軽く叩く。
「じゃあ私行くから、頑張ってね」
「おう、気を付けてな。後で連絡する」
うん、と嬉しそうに笑って背中を向けた柚希を見送ると、2人は保健室へと歩き出す。
「黒羽君、約束忘れちゃったのかしら?」
「約束?何の話だよ?」
「あら、工藤さんと“そう”なったら教えてねって言ったじゃない」
「!!」
以前快斗が風邪を引いて保健室に行った時の事を思い出し、耳を真っ赤に染める様子を楽しそうに見つめながら美園は続ける。
「まぁ、雰囲気見てれば分かるけどね。良かったわね、白馬君に取られずに……むしろ協力までしてくれるなんて」
「っ!つーか先生何処まで知ってんの……?ちょっと怖ぇよ」
呆れたように苦笑いをしながらそう言えば、美園は心外だと目を丸くする。
たどり着いた保健室のドアを開き快斗を先に促すと、現れたプリントの山に“まじか……”と溢す声を聞きながら後ろ手にドアを閉めた。
「私が生徒のカウンセリングもしてるって知ってる?」
「え?」
振り返った快斗の顔を見て知らないと受け取った美園は、自分のデスクまで歩きながら口を開く。
「この学校は平和な所だけど、登校拒否になった子、なりそうな子も居ないわけじゃなくてね、私は資格を持ってるからスクールカウンセラーとしての仕事もやってるのよ。その中で、相談に来る子の話を聞くのは勿論大事だけど、本人の話だけで状況を判断するのはどうしても見方が偏るでしょう?」
デスクからホッチキスを取り出し、快斗に向けて差し出しながら、美園はにこりと微笑む。
「だから、生徒達の関係性を把握するのも、私の立派な仕事なの」
“怖い”は流石に傷付くなぁ、と続ける美園の表情は台詞と噛み合わない笑顔のままで、快斗は受け取ったホッチキスを手の中で玩びながらプリントの方へと向き直る。
「へいへい、心配してくれてありがとーございました!」
ぶっきらぼうに良い放たれたその言葉に、美園は嬉しそうに笑みを深くした。
鈴木家の使用人からの挨拶を受けながら上がった園子の家で、コナンと蘭はソファに座って着替えに行った園子を待っていた。
「じゃあ柚希ねーちゃんも来るの?」
「うん、学校から直接向かうって言ってたから、そんなに掛からず来ると思うよ」
滅多に手に入らない限定スイーツをお取り寄せ出来たから皆で食べようと園子に誘われた2人は、学校帰りにそのままやって来た為、江古田から来る柚希よりも恐らく20分程早く着いていた。
出してもらった飲み物を少し口にした頃、園子が部屋から戻ってきた。
「お待たせ。柚希が来るまでお預けだけど、早く食べたいって騒がないでよ?がきんちょ」
「そんな事しないよ……」
わざとらしく言う園子に不機嫌そうに返せば、苦笑した蘭が違う話を振る。
「そうだ、柚希が来たら例の彼とどうなったか聞かなきゃね!」
「そうね、あの子ったらちっとも連絡して来ないんだから」
「……柚希ねーちゃん、その人と付き合ってるみたいだよ」
不貞腐れた表情でボソッと吐き出したコナンの言葉に、蘭と園子が揃って驚きの声を上げている頃、鈴木家から数百メートル離れた路地に黒い車がハザードを点滅させて止まっていた。
「……来たぞ。お前ら、上手くやれよ」
☆
update 2019.4.24