1人ゆっくりと歩く帰り道、快斗はメッセージアプリを開いては閉じるという動作を、もう10回も行っていた。
学校を出る前に柚希に送ったメッセージは未だ既読になっていない。友人達と居るのだから、当然の事だとは分かっているし、何より普段は既読になったかなんて一々気にする事はない。
(何で、今日に限ってこんなに気になるんだ?)
そんな事を考えた途端、手の中の携帯が震えながら見知らぬ番号からの着信を告げる。
口からは“誰だ?”と小さく溢しながらも、脳裏に浮かぶこの番号の主に、嫌な汗が流れる。
「……はい」
《黒羽、快斗君……で合ってるかしら?》
「……あぁ、合ってるよ。哀ちゃん」
jewel.91
〈守るべきもの 3〉
博士の運転するビートルは、鈴木家への道を進みながら車内に微妙な空気を漂わせていた。
哀に言われて急いで準備をした博士は真っ直ぐ鈴木家へと向かおうとしたが、何故か駅に寄って欲しいと言われ、訳も分からずその言葉に従った。
そして辿り着いた駅前で待っていたのは、新一とそっくりな人物の姿。
しかし学ランを着ていて、良く見れば髪型も雰囲気も違っている。
一度車を降りて背もたれを倒した哀に“乗って”と短く言われ、失礼しますと会釈をしながら後部座席に乗り込む様子に、博士も会釈を返すしか出来なかった。
「……それで哀君、彼は一体……?」
誰も何も話さない空気に僅か十数秒で痺れを切らした博士が、チラリとミラー越しに快斗を見ながら問い掛ける。
「あ……俺、黒羽快斗って言います」
「柚希の彼氏よ」
一瞬の沈黙の後でとんでもない驚きの声を上げた博士は、ハンドル操作すら危うくなりそうになり、哀に諫められる。
「す、すまんの……驚いてしまって。その、黒羽君、じゃったかな?事件の事は……」
「哀ちゃんから全部聞きました。今の段階では、出来ることは無いとも」
彼女が誘拐されたにしては落ち着いている。
そう感じる程に淡々と話す快斗の、唇が僅かに震えているのを2人とも触れる事はなかった。
「そういえば、どうして哀君は黒羽君の連絡先を知っていたんじゃ?」
少し気をまぎらわせようとそう話を振れば、灰原は口角を上げて後ろをチラリと見る。
「彼から手紙をもらったのよ。自分がいない所で柚希に何かあったら教えて欲しい、ってね。どうせ柚希にも内緒なんでしょうけど」
「柚希に言ったら反対されるのは目に見えてるからな」
苦笑する快斗の言葉に、何の事か分からない博士は不思議そうな顔をするが、灰原は構わず話を続ける。
「それにしてもあの手紙、小学生に送る内容じゃないわね」
わざとらしい言い方に苦笑しつつ、快斗は真っ直ぐ灰原を見つめながら答える。
「まぁ俺としては、哀ちゃんも名探偵と同じ状況なんじゃないかと思ってんだけど……実際どうなのかなんて、別にどうでも良いんだ。柚希が哀ちゃんを信用してる。だから俺も信用する。ただそれだけだよ」
「そう……」
それきり前を向いてしまった灰原の表情は快斗から見えなかったが、柚希から聞いた通りの子だと僅かに笑みを浮かべた。
「……もしかして黒羽君は……その、」
「え?あぁ、“知ってるのか”って事ですか?」
「あ、あぁ」
遠慮がちに声を掛ける博士が何を気にしているのか気付き、快斗はどう答えるべきか少し考える。
「俺は、“江戸川コナンの正体”は知ってます。そして、あいつも俺が知ってる事を分かってます。けど、原因とか他の事は一切知らないし、知りたいとも思ってない。もし俺が自らそこに首を突っ込む事があるとすれば、そうしないと柚希を守れない時だけです」
「あなた、素でも気障なのね」
「は?!ちょっと哀ちゃん何言ってんだよ」
突然口を挟んだ灰原をきっかけに、再び博士の入る隙は消えてしまう。しかし、灰原とのやりとりを見ながら何処か安心感を覚える。
(柚希君の事を良く考えてくれてるじゃないか。新一君がそんなに心配する必要はないんじゃないかのう)
「あら、“月夜じゃなくても”と言った方が良かったかしら?世間を騒がす怪とっーー!」
「哀ちゃんっ!流石にそれはやめてっ!」
からかっているだけだと分かってはいるが、若干顔を青くさせながら快斗は灰原の口を慌てて塞ぐ。
その行動に悪戯な笑みを浮かべながら、灰原はキッドから受け取った手紙の内容を思いだしていた。
『いきなり俺から何を言われても信用出来ないと思うけど、出来れば目を通して欲しい
哀ちゃんが柚希の事を気に掛けてくれてる様子も何度か見てるし、何より柚希が信用してるのが分かるから、1つ頼みたい事がある
子供達と出掛けるとか、俺が一緒に居られない時に…もし柚希に何かあった時は下の番号に連絡して欲しい
もちろんそんな事無いのを願ってるが、名探偵と一緒に居ると正直何があるか分からねぇから
だから万が一の時は、お願いします
090-××××-×××× 黒羽 快斗』
update 2021.07.02