「誘、拐……」
「まさか、今回ので2回目だっていうの……?」
信じられないという顔で息を飲む2人に、コナンは本当の事だとハッキリ告げる。
「黒羽……お前と出会った、翌年だ」
jewel.93
〈守るべきもの 5〉
コナンから聞かされたのは、約9年前の出来事。
その日、公園から1人で帰っていた柚希が何者かに拐われ、工藤優作へ身代金の要求が来る事件が起きた。
尤も、電話の後ろで聞こえた周りの音などから優作が場所を特定し、事件自体は早期の解決がなされた。
しかし、問題は柚希の精神面のダメージだった。
「事件直後は両親すら怖がっていたんだ。カウンセリングを続けて回復したが、当時を思い出させる条件が揃った場合、フラッシュバックを起こす可能性があるらしい」
当時の事を思い出し目を伏せて語ったコナンからは、いつもの堂々とした様子が消えている。
快斗は急激に体温が下がるような感覚に気付かないふりをしながら、疑問を投げる。
「その条件ってのは、分かってるのか?」
「あぁ、カウンセリングの先生が言うには、引き金になりそうなものは3つ。目隠しされる事、手や足を拘束される事、そしてタバコの臭いだ」
「初めの2つは、可能性が限りなく高いわね……」
灰原が苦し気に言った言葉にコナンは頷く。
「実際、犯人から送られてきた写真には、その姿も写っていた」
「なっ……!」
それは本当なのかという問をコナンが肯定すると、握り締められた快斗の手が震えるのが見えた。
「そうなると、あとは犯人がタバコを吸わない奴だと祈るしかねぇな……。さっき哀ちゃんから、発信器は柚希が押さないと起動しないって聞いたけど、例外はないのか?」
「残念ながらそれは無い。今は起動した時すぐに対応出来るよう、博士が警察の機材を調整してるはずだ」
「そうか……」
一度戻りましょう、という灰原の声で3人は静かに部屋を後にした。
薄暗い空間に突如光を放った携帯を、男はニヤリと笑みを浮かべながら手に取った。
「おう。上手く行ったか?」
広い空間にその声が響き渡ると、入り口付近に立っているもう1人もその内容を聞き取ろうと視線を向ける。
「そうか。写真も送ったんだな?…………あぁ、分かった」
電話を終えて画面の光が消えると、次いでカチッという音と共に小さな炎が灯る。それを口元に近付けると男の顔が赤く照らされた。
一見犯罪を犯す様には見えない、端正で大人しそうな顔つき。
しかし、逆らえない威圧感を知っているからか、入り口の小柄な男は、僅かに身体を硬くしながら口を開いた。
「……上手くいきましたか?」
「あぁ。30分後に俺から電話を入れる。アイツ等の到着もその頃だろう。着いたら教えろ」
「分かりました」
そのまま沈黙に包まれた空間には、小さな灯りとそこから漂う煙だけが広がっていた。
快斗が最初に訪れた部屋のドアを開くと、見知った顔が増えていた。
1人は一方的に知っている人物、毛利小五郎。
そしてもう1人は、小五郎と“何故お前がここに居るのか”といがみ合っている人物。
「ん?快斗君!やはり君も来ていたか」
「はい、警部も来てくれたんすね」
「当たり前だろう!話は聞いているのか?」
心配そうに見つめてくる中森のその目が、柚希だけでなく自分の事も気に掛けてくれていると伝わってくる。
すぐに返事をしようとするが、それは小五郎の声に遮られてしまう。
「ん?お前、探偵坊主かと思ったら違うじゃねぇか」
「あ、はい、黒羽快斗と言います」
「聞いたことねぇな。柚希ちゃんとどういう関係だ?」
やたらと圧力を感じる質問に答えようとした快斗の声は、今度は中森に遮られる。
「快斗君は柚希ちゃんの彼氏だ!」
「何ぃ?!バカヤロウ、柚希ちゃんにはなぁ“バラの男の子”っつう、ずっと好きな奴がいるんだよ!」
「何だぁ?!そのおとぎ話みたいなのは?!」
一体あの呼び名はどれだけ浸透しているのか、恥ずかしさを覚えつつも、快斗は何とか2人の言い合いを止めに入らねばと思い直す。
「あの、……ちょっと、2人共……落ちつ────ストップ!!」
思わず出した大きい声に、流石に大人2人も言い合いを止める。
「取り敢えず、一端落ち着いて下さい」
update 2023.05.18