逃がしてあげない




放課後のざわつく声で溢れた廊下をのんびりと歩いていた快斗は、一歩後ろの青子の呼び止める声に足を止めた。


「ほら校門の所。何の人だかりかな?」


指差す方向に視線を移せば、確かに校門で誰かを囲うような人だかりが出来ていて、今なおその人数は増えていっている。
その人だかりの向こう、道路の端にハザードを点けて停まっている白い車は、きっと中心にいる人物の物だろう。


「さぁな。有名人でも来たんじゃねぇの?」

「もー、適当なんだから。」


すぐに興味を無くしたように歩き出すその後ろを、青子は文句を言いつつも追い掛けて行った。





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「快斗!」


校門近くまで歩いて来た所で、聞こえたクラスメイトの声にその姿を探せば、どうやら例の人だかりの所に居たらしくこちらに駆けてくるのが見えた。


「おー。何だよ、あれ。」

「すっげぇ美人が居るんだよ!誰かを待ってるらしいんだけど、教えてくれねぇの。」

「ふーん。」


普段よりも大声で、心なしか早口で説明してくる彼に素っ気ない返事をすると、快斗は止めていた歩を再び進める。
その様子を不思議に思って残された二人は目を合わせるが、すぐに元居た場所と快斗の方へとそれぞれその場を離れた。


「快斗、気にならないの?すっごく美人だって言ってたけど。」

「興味ねぇよ。」


尚も納得行かなそうな視線を送ってくる青子には気付かないふりをする。


(今は“あの人”以外に興味なんてねぇ……)


“キッドを捕まえたい”と言った彼女は、キッドに向けて“捕まっては困る”と言った。
そして次は“本当の意味”で捕まえに行くとも。


(あれがどういう意味なのか、俺がいくら考えても答えは出ない……完全に振り回されてんな)


それでも、確かに惚れてしまったのだ。
正義感があって強気だけれど、本当はか弱いのを隠している、そして人の中身をきちんと見ようとする、あのお嬢様に。


「……あれ?」


人だかりを避けるように校門を出ようとした時、青子の声と共にふわりとした風が吹き抜けた。


「……っ!?」


その風に乗って運ばれた香りに、快斗は思わず足を止めて息を飲む。


「ごめんね、通してっ……。」

「ねぇ、あれって……。」


ーー実紗稀さんじゃない?

そう続けようとした青子の言葉は、人混みを掻き分けて現れた本人によってかき消される。


「見つけたっ!!」


まるで叫ぶような大きな声を出して駆け寄って来るその顔には、見たことのない満面の笑みが浮かんでいる。
突然心臓が押し潰されるかのような衝撃に、快斗は思わず拳を握り締めた。

(なんだよ、それ……この人はいつだって何処か余裕のある笑みばっかりで……何でそんな、心から嬉しそうな……)


「実紗稀さん!」

「青子ちゃん!ごめんね、快斗君借りて行くわ!」


顔の前で手を合わせて見せながらそれだけ言うと、実紗稀は快斗の腕を掴んで問答無用で車へと走り出した。
突然過ぎて何も言えずに戸惑う快斗を助手席に押し込むと、今にも車を囲みそうな他の生徒達に“轢かれないでね!”と一言掛けてから自身も運転席へと転がり込む。

素早くシートベルトを締めてエンジンを吹かすと、一気に加速しその姿は見えなくなった。










「ごめんなさいね、無理矢理連れて来ちゃって。まさかあんなに大騒ぎになるなんて思わなくて……。」

「いや、それは全然構わないですけど……。」


運転中の実紗稀の視線がこちらに向くことは無いが、申し訳なさそうな表情は快斗の答えを聞いて少し和らぐ。
ちらりと横目で見つめていた快斗は、その変化に鼓動が強くなるのを感じて慌てて前へ視線を戻した。


「俺に、何か用があるんですか?」

「えぇ。でも話はこれから行く店の中で。」


そう言ったきり二人の会話は途切れた。
尤も、気まずい空気が流れる訳でもなく、ただただ静かな時間が過ぎていった。


十五分程走った頃、速度を落として車が駐車場へと停められた。

目で“降りて”と合図してきた実紗稀に続いて車外に出れば、綺麗に整った小さな庭の奥に平屋の建物が建っている。正面の壁の殆どは一枚硝子が占めていて、洒落たテーブルと椅子が並んでいるのが見えた。
その右側にある扉へと近付けば、掲げられた店名の上には“Cafe & Bar”と書かれている。

OPENの札が掛けられているその扉を躊躇なく開けた実紗稀の後を追うように、快斗もそっと中を見渡しながら足を踏み入れた。
店内は外から見るよりもずっと広くゆったりとしていて、奥にあるカウンター席の向こう側には、様々な酒の瓶が整然と並んでいる。

ジャズピアノの曲が静かに流れる中、厨房に続いているであろう扉から一人の女性が姿を表した。


「いらっしゃーい……って実紗稀?!やだ、久しぶりじゃない!」

「お久しぶりです、先輩!」


ショートヘアーにエプロン姿の先輩と呼ばれた女性は、嬉しそうにいつ帰ってきたのか、どうしてすぐに連絡をしてくれなかったのか等と質問をどんどん重ねていく。
しかし、途中で快斗の存在に気付くと慌てて口をつぐんだ。


「ごめんね、私ったらつい嬉しくなっちゃって。」

「あ、いえ!大丈夫です。」


快斗の言葉に良かった、と笑顔を見せると簡単な自己紹介をしてくれた。
彼女は実紗稀の高校時代の先輩で、自営しているこの店は昨年オープンしたばかりらしい。


「奥、借りても良いですか?」

「もちろん。飲み物は?」

「話が終わったらこっちで頂きます。」


迷いなく歩き出す実紗稀を戸惑った視線で見つめると、先輩から“ごゆっくり”と笑顔で促される。
快斗は会釈をしてから、カウンター席より奥の扉を開ける実紗稀を追った。

update 2017.1.13
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