逃がしてあげない




予告通り目的の宝石を盗み出したキッドは、予め調べておいた逃走ルートを駆けながら先程の光景を思い出していた。


(俺を捕まえるって言ってたのに、何処にも居なかったな…)


展示室にも館内の別の場所にも、実紗稀の姿はなかった。
安心する反面、残念な思いも拭いきれない。
そんな複雑な心境を抱いたまま、とあるビルの屋上へ続くドアに手を掛けた。





capture.9







(そろそろ来る頃かしら)


腕時計を確認した実紗稀が耳を澄ますと、コツコツと階段を上がる足音が微かに聞こえ、息を潜める。
カチャッと遠慮がちな音を立てて開いたドアから入って来た人物には、ドアの裏側の位置に立つ実紗稀の姿は見えていない。
そのまま屋上の真ん中辺りまで進むと、彼は懐から取り出した宝石を月へ向けてかざす。


「あなたの探し物、月にかざすとどうなるの?」

「っ!」


微かに揺れた肩に実紗稀が口角を上げると、キッドは何事も無かったかの様にゆっくりと振り返る。


「これはこれは、あの時のお嬢さん。何故あなたがこんな所に?」

「あら、あなたが言ったのよ?“いつかまた月明かりの下、お逢い出来るのを楽しみにしています”ってね。でもいざ調べてみれば、あなたは神出鬼没の大怪盗。これはそう簡単に会える人じゃないと踏んで、今日のあなたの逃走可能ルートを割り出して此処で待っていたの。」


ゆっくりと一歩ずつ、二人の距離は縮まっていく。
ふわりと微かに吹く風が、優しく甘い香りを乗せてキッドの鼻孔をくすぐった。それがあの夜の記憶を呼び起こす。


「驚きましたよ。あなたがそこまでして私に会いに来て下さるとは。」

「じゃあ、あなたの言った言葉はただのお世辞だったのかしら?」

「とんでもない。本心ですよ。」


手を伸ばせば届いてしまいそうな距離。
シルクハットの影で隠れる瞳を見せてはくれないかと、もう一歩踏み出そうとした時、階段の方から微かに聞こえてきた音に動きが止まる。


「どうやら邪魔が入ったようですね。」

「そうね。計算より五分以上早い……やっぱりあの子、曲者ね。」


“さすが名探偵”と溢した声は届かなかったのか、キッドはマントを翻す。


「さてお嬢さん。私はこのまま捕まる気はありませんよ?」

「ええ、私だって捕まってもらっては困るわ。だから、ちゃんと逃げ切ってね?」


その言葉にポーカーフェイスも忘れて目を見開く様子に、実紗稀は満足そうに笑う。


「次は、私が本当の意味であなたを捕まえに行くわ。」

「本当の意味……?」

「ほら、もう時間が無いわ。彼を誤魔化すのは私も手を焼きそうなの。」


ね?とウィンクまで送られ、キッドは内心たじたじになりつつも何とかそれを表に出さず堪えきる。


「分かりました。それでは、今宵はこの辺で失礼致します。」


恭しく頭を下げてから空中へと身を投げたキッドが、白い翼を広げて遠ざかって行くのと同時にけたたましい音を立てて実紗稀の後ろのドアが開く。
分かっていたとはいえ、あまりの勢いに流石に驚いて振り返ると、息を切らせた小さな探偵の姿があった。


「くそっ!遅かったか……。」


夜空に浮かぶ白を睨みつけて悔しそうに拳を握るコナンの方へと、実紗稀はゆっくり歩を進める。


「残念ながら、今回は彼にやられたわね。」

「実紗稀さん……もしかして、最初から此処を狙ってたの?」


声を掛けられて我に返ったのか、取り繕うような口調になるコナンにクスリと笑みを溢す。


「私しか居ないのに繕わなくて良いのよ?工藤君。」


その言葉に鋭い視線を向けながらゴクリと息を飲む様子を見て、実紗稀は“警戒されてるなぁ”と益々楽しくなってくる。


「そうね、質問に答えるなら答えはイエスよ。私は最初から此処で待ち伏せるつもりだったわ。」

「……どうやって此処を特定した?」


どうやら子供のふりをするのは止めたらしいコナンからの質問に、少し意外そうに首を傾げた。


「中森警部から預かった資料、見なかったの?」

「そりゃあ見たけど、あれだけじゃ……ってまさか……!」


実紗稀の使った手に思い当たったコナンの表情は、驚いているというより呆れの方が強く見える。


「やっと気付いたみたいだけれど、そんな目で見ないで欲しいわ。私は自分の使える物を使っただけよ?」

「なるほど?高嶋クリエイト程の力があれば展覧会の準備に携わった業者を調べ上げるなんて造作もない。その中に架空の会社があれば、業者として潜り込んだキッドが何処にどんな細工をしたか、可能性は自ずと絞られる。」

「えぇ。実際には完全に架空の会社ではなく、きちんと登記されているけれど実際には機能していない、所謂“休眠会社”の名前を使っていたわ。だからといって警察がしっかりと調べればすぐに気付けるはずの事。中森警部も詰めが甘いわよね。」


耳元の髪をかきあげながら吐き出した最後の言葉には、嘲笑うかのような皮肉さえ感じるが、次の瞬間にはそんな感情は忘れたかのようにコナンににこりと笑いかけた。


「そんな事より、君が気になっているのは別の事。そうでしょう?」

「あぁ。まずは保留になってた質問の答え、聞かせてくれるんだろうな?」

「えぇ、勿論。」


強く睨み付けながら低い声で問い詰めるコナンに、軽々と答えた実紗稀の目は楽しそうに細められていた。

update 2016.11.11
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