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多くの人が行き交う成田空港のロビーの一角で、実紗稀は壁に寄りかかりながら、自身の隣にある頭を見下ろす。
「わざわざお見送りありがとう、探偵君?」
「蘭と園子に連れて来られただけだけどな。」
「あら、その割りには会って早々“二人きりになる時間を作れ”なんて言ってきたじゃない。」
わざとらしくそう言えば、コナンは物言いたげな目線で見上げてくるものの、直ぐに正面へと向き直る。
「この前警察に邪魔されて途中だった話の続きだよ。」
「私としては、あれで終わりだったつもりよ?まだ何かあるの?」
「当たり前だろ?!俺の正体に気付いた理由が“何となく”だなんて、納得いく訳ねぇよ。」
周りの雑音に消される程の小さな声で、それでも噛み付く勢いで言ってくるコナンだが、実紗稀はけろりとした様子のまま。
「けれど本当にそうなんだもの。君の知識量、推理力、論理の組み立て……その全てが小学生にしては凄すぎると思っている所に、私が抱っこした後の蘭ちゃんへの態度……。普通では考えられない話だけれど、もしかしたらと思ってカマを掛けたのよ。」
「“もしかしたら”でそこまで出来ねえよ、普通。こんな有り得ない話。」
呆れた様に吐き捨てたその言葉に、実紗稀は此処までの押さえ目の声ではなく、ハッキリとコナンに向けて一言告げる。
「有り得ない、なんて有り得ない。」
「え?」
「人間はね、自分達に実現不可能な事は考え付く事も出来ないの。つまり人間が想像した、どんなに不可能に思えるような事でも必ず実現可能なのよ。勿論、科学や技術の進化の過程で先の見えない物が殆どだけれど、いつか、私達よりずっと後の世代には当たり前になる時がくるかもしれないし、もしかしたらそれは明日かもしれない。」
そこまで言って、実紗稀はしゃがんでコナンと真っ直ぐ視線を合わせる。
「だからね、工藤君。物事を決め付けてしまうと、見える物も見えなくなってしまうかもしれないわ。それはきっと、推理も一緒でしょう?」
その問い掛けに黙って頷くと、突然右手を取られその掌に小さな紙を乗せられた。
「君の事情を私は知らないわ。それを私から問うつもりもない。これは、君の選択肢の一つよ。使うも使わないも君の自由。良い?もう一度言うわ。“可能性を否定してははダメ”。」
「実紗稀さ……」
何か言おうとしたコナンの声は、園子が実紗稀を呼ぶ声に掻き消された。
半ば無理矢理頼んだ買い出しから戻った蘭と園子に、実紗稀は笑顔で歩み寄る。
その様子に、もう自分にこれ以上話をするつもりが無いのだと判断し、コナンは渡された紙を広げた。
(実紗稀さんの連絡先……ん?)
広げきったと思った紙に違和感を感じて良く見てみると、キッチリと二つ折りにしてある事に気付く。
それをさらに広げてみると、短いメッセージが現れた。
【仲の良い教授の専攻が生化学だから、必要があれば何時でも連絡して構わないわ】
(なるほど、生化学は生命現象を化学的に研究する分野……。この身体の事でヒントになる事があるかもしれない、か……)
小学生の姿でいるのが、自分の意思なのか不可抗力なのかすら実紗稀は知らないが、きっとどちらにせよ問題が山積みなのは想像に難くないのだろう。
(自ら踏み込む気はないが、求められれば手は貸すって事か)
知り合ってまだ日は浅いが、心底“彼女らしい”とコナンは笑みを浮かべた。
「それでお姉様、結局どういう風の吹き回し?」
唐突にそう聞いてくる園子に“何が?”と返せば、不満そうな表情は更に深くなる。
「何がじゃないわよ。つい数日前までは大学の授業がつまらないとか、だからといって飛び級すると大学生活が短くなるとか言ってたじゃない。それがどうして急にアメリカに戻る気になったの?」
「早く日本に戻りたい理由が出来ただけよ。」
「殆ど答えになってないんだけど……。」
納得のいかない顔の園子に悪戯な笑みを浮かべ、実紗稀は蘭へと向き直る。
「蘭ちゃん、園子をよろしくね。」
「あ、はいっ!」
「そろそろ行くわ。わざわざ見送りありがとう。」
改めて微笑みそう言えば、笑顔で手を振り返してくれる。
コナンの視線と二人から掛けられる声を背中に受けながら、実紗稀は搭乗手続きのカウンターへと向かった。
セキュリティチェックや税関手続き、出国審査等を終え、該当の搭乗ゲートへと歩き始めると、突然肩を叩かれ振り返る。
「高嶋、実紗稀様ですね?」
声を掛けてきたのは空港職員と思わしき男性。
頷く実紗稀に“ご案内したい事がありますので、少し宜しいですか?”と場所の移動を求める仕草を見せる。
「……えぇ、分かりました。」
「ではこちらへ。」
促されるまま通路を進み、関係者専用の扉の先にある部屋に通される。
簡易的なテーブルとパイプ椅子のみが置かれた、小さな空間。
スーツケースから手を離し、手荷物を椅子の上に置くのと同時に、後ろで鍵の閉まる音が聞こえた。
「駄目ですよ、あんな適当な理由で知らない男に着いて来るなんて。」
ニヤリと笑いながらそう言う男を振り返る事無く、実紗稀は答える。
「貴方こそ駄目じゃない。勝手にこんな所まで入って来るなんて。ここはもう日本じゃないわよ?」
「職員は特別なIDで出入りしていますので、ご心配無く。」
「職員、ねぇ……」
呆れたようなため息を吐いてからゆっくりと振り返ると、先程の男性の姿は無くなっている。
「見送りはいらないって言ったわよね?快斗。」
「恋人の見送りくらいさせて下さいよ、実紗稀さん。」
全く……、と呟きつつも実紗稀の表情は穏やかなもので、快斗はゆっくりと距離を詰める。
「二年、ですか。」
「長い?」
「貴女と出逢ってまだ数日ですからね。それと比べたら、相当長いですよ。」
その寂しさを滲ませた声に、実紗稀は左の手のひらをそっと快斗の頬に添えた。
「私は絶対に快斗の所へ戻ってくるわ。だから、その綺麗な瞳を悲しい色に染めないで。」
真っ直ぐに見つめてくる心配そうな視線に一度深く瞼を閉じると、快斗はしっかりと見つめ返す。
「大丈夫ですよ。だって俺はもう、実紗稀さんに“捕まえられて”ますから。」
「えぇ、そうだったわね。」
「それにーー」
頬に置かれた実紗稀の左手をそっと掴むと、指先を掬うように持ち上げて自らの顔の前へと誘う。
「実紗稀さんが帰ってくる頃には俺も高校卒業してます。今度は、俺が実紗稀さんを捕まえますよ。」
言いながら薬指の付け根に触れる唇の感触に、実紗稀は思わず体温が上がるのを感じる。
「っ生意気……」
「覚悟して下さい、絶対に逃がしませんから。」
「それはこっちの台詞だわ。」
額がくっつく程の距離で見つめあいながら、二人は挑戦的とも見える笑みを交わしていた。
update 2018.2.11