逃がしてあげない




「只今の時刻は十九時四八分。あと十分程で展覧会は閉館され、後の二十時三十分が怪盗キッドからの予告時刻となっています。この鉄壁の警備の中、果たしてどんな方法で…」

「ご覧の様に、会場前には数々の報道陣や、キッドのファンと思われる人々が押し寄せており…」


カメラのフラッシュと人々のざわめきに囲まれ、上空にはヘリも飛び交う建物の中では、刻一刻と迫る犯行予告の時間に、警備に当たっている者達の空気が緊張で張り詰めていく。

館内に残っている一般客は順次外に出されているが、何とかして中に残れないかと抵抗する人が僅かながらも居るらしく、誘導する係員の声が響いていた。





capture.8







広い展示室の一番奥、キッドが狙っている宝石が飾られた硝子ケースの前には中森と次郎吉が並び、その後ろに蘭と園子、コナンが横並びで宝石を見つめる。


「ケースのセキュリティは正常に作動しておる。後はうぬ等が失敗せん限り、彼奴がこれを盗み出す事など到底出来まい!」

「ふん!我々が失敗するなどあり得んな。」


次郎吉と中森が息巻く様子を、実紗稀は一歩引いた所から苦笑しながら見ていた。


(おじさまや警察の作戦は当初の計画通り。抜け道がある事に気付いていない。残念ながら、それでは彼を捕まえる事は出来ないわね…)


そんな事を思いながらもそれを彼等に伝える事はせず、実紗稀は硝子ケースを良く見ようと背伸びをするコナンの後ろへと近付く。
両脇に手を掛けて、軽々と持ち上げ抱えると、何とも間抜けな声をあげてくれた。


「うわぁっ!!…えっ?!実紗稀さん?!」

「見えないんでしょう?遠慮しないの。」

「あ、うん…ありがとう。」

(胸が当たってんだよ、胸が…)


僅かに頬を染めるコナンの心中など知らず、実紗稀は硝子ケースが見やすい位置を探して移動する。
彼が満足するまでこのままと思ったのも束の間、もう大丈夫だからとジタバタされてすぐに降ろす事となった。


「なぁにコナン君、実紗稀さんに抱っこしてもらってたの?」

「ら、蘭姉ちゃん見てたの?!」


真っ赤になりながら真剣に言い訳をしているコナンの様子を実紗稀がじっと見つめるが、その視線を感じ振り返った時には上手く誤魔化していて、コナンは不思議そうな顔をする。


「警部!一般客の退場が完了しました!」

「分かった、持ち場に戻ってくれ。」


報告に来た機動隊員の言葉に、いよいよ時間が迫ってきたと現場の空気は一層引き締まる。
そんな中、実紗稀の足元に近付いてきたコナンが何か言いたそうにしているのに気付いた。


「……実紗稀さん、ちょっと良い?」

「えぇ勿論。」










会場を出て警備が並ぶ廊下を進むと、事前の下調べで人気が無いと知っていた場所へ辿り着いた。
カツンと響いた靴音と供に向き合った二人は、何処か探り合う様な空気を纏っている。
真っ直ぐ真剣な眼を向けてくるコナンに対し、まるで試すかの様な笑顔の実紗稀が、その静寂を破る。


「さて…何が聞きたいのかしら、探偵君?」

「実紗稀さんは、どうしてキッドを捕まえようとしてるの?」

「あら、それなら中森警部に答えたのを聞いていたでしょう?」

「へぇ、気付いてたんだ。でも僕が聞きたいのは、もっと具体的な理由だよ。」


トーンの下がったその口調からはこれまで見せていた子供らしさが抜けてきているが、実紗稀に驚いた様子は無い。


「具体的、ねぇ…。」

「実紗稀さんと初めて会った時、最近の日本のニュースを知らないって言ってたよね?新聞で良く取り上げられる“眠りの小五郎”も知らなかった。それなら当然…怪盗キッドの事も知らない筈だよね?」


追い詰めている筈なのに表情一つ変えない実紗稀に益々警戒心を覚えながら、コナンは続ける。


「実際、キッドの事件に関しては俺達に聞くまで何も知らなかった。そして、同じく知らない筈の動物虐待の事件…あの犯人達が捕まったのは、キッドの予告日だった。つまり…」

「その日、動物虐待事件とキッドの両方に関わる事があったんじゃないか……そう言いたいのね?」


遮る様に言った実紗稀の言葉に、コナンは僅かに眉を寄せる。
そのまま黙って頷くと、実紗稀は何故かクスリと笑みを溢した。


「えぇ、その通りよ。知りたいのなら教えてあげるけれど、今はもう時間が無いわ。」


腕時計を確認すれば、確かにキッドの予告時間まで残り十分を切っている。


「大丈夫、逃げたりなんてしないわ。キッドを捕まえた後、必ず戻って来ると約束する。」

「…戻って来る?」

「私の目的はあくまで“キッドを捕まえる事”であって、狙われた品を守る気なんて無いのよ。だから、予告時間に此処に居る必要は無いという訳。」


引っ掛かった様なコナンの言葉にそう返すと、何か言いたそうなのを遮るように実紗稀は身体ごと横を向いて視線を逸らす。
そして腕時計を確認すると、顔だけをコナンの方へ向けた。



「さぁ、本当に時間がないわ。お互い全力を尽くしましょう?名探偵の……工藤、新一君?」

「!?」


まるでコナンを試すかの様な笑みを浮かべたその口から出たのは、知られる筈の無い本来の名前。
目を見開いて驚くコナンを余所に、実紗稀は“またね”と手を上げながらその場を離れる。

すぐに追い掛けて問い詰めたい気持ちを何とか押し留め、コナンは展示室へと急いだ。

update 2016.11.06
MAIN  小説TOP  HOME