キッチンで手際良くキッドの分の食事を準備する莉亜は、小さく鼻歌を歌い、いかにも楽しそうな様子で動いている。
それを見たキッドは目を丸くした後、小さくため息を吐く。しかしその表情は、優しげな笑みに変わっていた。
persona.3
「莉亜嬢、何か手伝う事は?」
「温め直したりしてるだけだから大丈夫ー」
動きを止める事なく言う莉亜に返事をしようとした時、頭上に違和感を感じる。
「おや、蛍光灯が切れそうですね」
「うん、前から変えなきゃって思ってたんだけどすっかり忘れちゃってて。さっきご飯作ってる時、に────急に、点滅し始めてしまったのだけど、私の身長で届くような台がこの家には無いから、今は諦めていたのよ」
ふと言葉を詰まらせたかと思うと、思い出したかの様に元の口調に戻した莉亜に、キッドは小さく吹き出してしまう。
「ちょっと怪盗さん、何がおかしいの……?」
少し焦ったようにそう言う間も、キッドはクツクツと笑い続けている。
「……っすみません、つい」
「……」
「莉亜嬢。宜しければ、私は貴女の自然な言葉を頂きたいのですが」
「自然なって……そ、そんな事を言われても、私の話し方は、元々──」
キッドの言葉に大きく目を見開いてから、たどたどしい言い方で否定しようとする莉亜の前に、キッドは膝をついて視線の高さを合わせる。
「初めの丁寧な話し方の貴女も魅力的でしたが、先程の砕けた口調の時の方が、笑顔も心から笑えていて素敵でしたよ。莉亜嬢、貴女は自分を隠しているのではありませんか?」
「!!」
みるみるうちに頬を紅潮させて視線をさ迷わせる莉亜の左手を取ると、キッドはそっと手の甲に口付けを落としてから上目使いで莉亜の揺れる瞳を見つめる。
「どうか、私の前ではその仮面を外して頂けませんか?」
「──っ!…………こ……」
「こ?」
「こ……交換条件っ!」
真っ赤な顔で必死に言葉を紡ぐ、先程の出会い頭の時とは違って余裕のない様子の莉亜に、キッドは優しく微笑む。
「ええ、どんな条件ですか?」
「……貴方も……違うんでしょ?」
「え?」
何の事を言っているのか分からず聞き返すと、躊躇うように視線を外してから、ゆっくりキッドの目を見る。
「怪盗さんのその雰囲気と口調は、作ったものなんでしょ?……貴方も、素で話してくれるなら……」
「良いぜ。本当の莉亜が見れるなら、俺の素なんて、いくらでも見せてやるよ」
「──っ!!」
そう言ってキッドがウインクして見せると、莉亜は慌てて視線を逸らした。
「……気障なのは変わらないんだ」
呆れたような言い方だったが、嬉しさを隠しきれていない表情で言った莉亜の頭に、キッドは優しく手を置く。
「さ、飯食おうぜ!せっかく用意してくれたのが冷めちまう」
「うんっ!」
旨い旨いと連呼しながら平らげたキッドに、莉亜は昼間の憂鬱な気持ちが嘘のように、嬉しさでいっぱいになっている自分に気付く。
(ついさっきまでは勘違いだって必至に自分を言い聞かせてたのに……。だけどそれでも良い……どうせこうやって怪盗さんと過ごすのも今だけなんだから)
「莉亜」
「えっ?」
「もし莉亜が良ければ……また来ても良いか?」
どこか遠慮がちに言ったキッドの言葉に、莉亜は何を言われたのか分からない、とでも言う様に固まっている。
「俺の仕事がある日──一番近いのは明後日なんだけど、また飯食わせて欲しいんだ。勿論、交換条件で手伝いとか何でもやるぜ?」
「……本気で言ってる?」
「冗談でんな事言わねえよ。……嫌か?」
「嫌なわけっ!……ない」
咄嗟に否定しようとして、恥ずかしそうに語尾が小さくなる莉亜の様子に、キッドは満足そうな笑みを浮かべながらそりゃ良かった、と呟き、白い上着を身に着ける。
「ねぇ、一つだけ聞いて良い?」
「ん?」
「その怪我……もしかして、小さい探偵君のせいだったりする?」
「あぁ、これはちょっと自分でヘマしちまっただけで、アイツのせいじゃねぇよ」
「そっか……良かった」
安心した、と言う莉亜にキッドは疑問が浮かぶ。
「つうか、名探偵の事知ってんのか?」
「うん。あいつとは、幼なじみなの」
“幼なじみ”という単語に何か違和感を感じた気がしたキッドだが、気のせいだとすぐに思い直すと、立ち上がり窓を開ける。
「それでは、また後日。月明かりの下で再びお会い出来るのを、楽しみにしております」
元のキッドの口調で言いながら、わざとらしい程のお辞儀をするキッドに、莉亜も口角を上げるとわざと元の口調に戻す。
「えぇ、食材が無駄にならない様に、約束はキチンと守って頂けるんでしょう?怪盗さん」
「勿論ですよ。それでは失礼致します、莉亜嬢」
言うや否や闇夜に飛び出した白い姿を、莉亜は見えなくなるまで見つめていた。
update 2018.11.19