目を覚ました時、なんだかいつもと違う感覚に違和感を覚えた。

(硬い…ふかふかのベットは…?)

痛む節々を押さえつつ起き上がる。そして、左手を見て思い出した。

自身のおかしな体のことを。

「傷が治る…、ってことだよね。もしかして私不死身…とか、まさかそんなファンタジーな…。いやでもここはファンタジーの世界で…」

こめかみを押さえながら頭を働かせようとするが、どうしたってこの異常な状況に頭はついてこない。それでも爛れていたはずの手首は傷一つなく、掌は乾いた血が張りついているのみで切り傷は残っていなかった。

考えようとすればするほど気が遠くなってきて、また気絶してしまいたくなる。自分の体が恐ろしくてたまらなかった。

(行かないと…)

本能的にそう感じてゆっくりと立ち上がる。向かうのは唯一頼れる存在、ダンブルドアのところだ。

***

ダンブルドアは突然やってきたアズミに嫌な顔ひとつせず、部屋に招き入れてくれた。この部屋に来たのはクリスマス以来だ。あの時はまさかリドルと友達になれるとも、自分の体がおかしいとも思わなかった。

無言で促されて、椅子に座る。魔法で出された紅茶に口をつけた。スッキリとした茶葉の香りが喉を通っていって、やっと少し落ち着けた気がする。

アズミがほっと息を吐いたところで、やっとダンブルドアが口を開いた。

「で、アズミおぬしはどうしてそんな顔をしておるのじゃ?」

「…そんなにひどい顔をしてますか」

聞けば、大きく頷かれた。

「そうじゃな。おぬしは感情を隠すのがうまいからのう、ここまで隠せていないのはこれが初めてじゃ。初めて儂と出会った時の方が、うまく表情が作れていたと思うぞ」

「そこまでですか…」

リドルのことで悩んでいた上にこの事実の発覚が重なってしまったかもしれないし、体のことが自分で思っている以上にショックなのかもしれない。それでも随分と疲れ果てた悲壮感溢れる顔をしていることは確かのようだ。

アズミはローブからナイフを取り出す。突然手元から取り出された刃物を見てダンブルドアは目を少し細めたが、黙ってこちらの行動を観察している。とりあえず横槍をいれる気はないらしい。

まだ血が残る左手を前に突き出して、右手でメスを握り締める。掌に刃を沿わせた。そして、先ほどと同じように思いきり肌を切り裂く。それまでただ見ていたダンブルドアも、アズミの異常な行動に目を見開いた。

けれど、血が腕を伝い、床に真紅の雫が零れ落ちるころにはもう傷はなくなっていて、その様子にダンブルドアは目を細めるのだ。

「…私の体、おかしいみたいなんです」


そう口にすれば、自分の震えた情けない声が耳にはいる。大広間で全校生徒を前にして自己紹介した時も、リドルに壁に追い詰められた時も気丈に出せた声は、もう出ない。

視界が歪む。頬を雫が伝った。その瞬間、ふわりとした暖かさに全身が包まれる。アズミはダンブルドアの腕の中にいた。

「大丈夫じゃ」

ぽんぽんと背中を叩かれる。その瞬間、何かが弾けたかのように涙が溢れ出てきた。

アズミは泣いた。未知への恐怖に、ただただ泣いた。

***

泣き始めてどれくらいたっただろうか、やっと止まることなく流れ続けた涙が止まってくれた。思いきり泣いたおかげか、頭は少しすっきりしている。が、アズミは顔をあげられずにいた。

(は…恥ずかしい)

感情のままに人前で泣いたことなんて大きくなってからはなかった。いつもあれだけ気取っていたのも相まって、恥ずかしさ倍増だ。

アズミがそのままダンブルドアのローブを掴んで俯いていると、肩を叩かれる。

「落ち着いたかの?よければ目を合わせて話がしたいんじゃが」

「は、はい…」

羞恥に耐えつつ顔をあげて椅子に座りなおした。紅茶を温め直してもらい、それを飲みながらダンブルドアの方を見る。

「その体のことじゃが…」

「!」

「すまんが、儂にもようわからぬ。魔法界でも瞬時に傷が瘉える体の持ち主なぞ聞いたことがないのじゃ」

その言葉にアズミは肩を落とした。しかし納得といえば納得である。もし魔法界にそんな不死身の人がいれば、ヴォルデモートはそれを研究していたに違いない。

「ちなみにどうしてこのことに気づいたんじゃ?」

「自室を整理していて、その時に部屋にあった魔法薬2つが混ざってしまって。それが左手首にかかって酷い火傷のようになったんです」

左手首をすっと差し出す。乾いた血が垂れた後があるだけで火傷なんてどこにもない。ダンブルドアはうんうん唸った。

「それが綺麗さっぱり治ったということか…。魔法薬での傷が治るということは魔法による怪我も治せるということじゃろうな」

「そうですか…。でもまだ不死身というわけでもないですよね。ただ浅めの傷が治るっていうだけの可能性も…」

不死身。考えるだけで恐ろしくなった。その可能性を否定してほしかった。

アズミがそんな思いに駆られて捲し立てるように言うが、首を横に振られた。

「そんなことはありえぬ、と言ってやれればよいのじゃが…アズミは如何せん魔法界であってもイレギュラーな存在じゃ。あり得ないことが起こりうる。」

「このネックレスのように…ですか?」

「…そうじゃな」

ネックレスを引っ張り出せば、曖昧に返される。

「とりあえずは儂以外にはバレないように努めるのじゃ、よいな?」

「はい」

そう頷くとダンブルドアは微笑んだ。彼の青い瞳をみると、なんだか落ち着いてくる。

そうだ、何も怖くない。怖くない。よく考えれば不死身の体なんてなんだかかっこいいじゃないか。怖がる必要性なんてない。

そうやって何度も自分に言い聞かせていたら、何故自分があんなに取り乱してしまったのかわからなくなった。アズミは椅子から立ち上がる。

「ありがとうございました、ダンブルドア教授。もう大丈夫です。部屋に戻ります」

「そうかの」

「では、また明日」

ドアノブを握ったところで、振り返ってダンブルドアに笑いかけた。部屋に来た時とは比べ物にならないくらい気分がすっきりしている。

(やっぱストレス溜まってたのかも。恥ずかしかったけど、泣いてよかったな)

体のことも人に話して受け入れてもらえたことで楽になった。まだ全快とまではいかないが、胸の苦しさが和らいだ。 僅かに軽くなった足取りでアズミは寮への帰途に着いた。

***

閉められた扉の向こうで、ダンブルドアは椅子に座ったまま動かなかった。手を軽く組んで、じっとどこか遠くを見つめる。

「すまぬ…」

その小さな呟きは、誰の耳にも届かない。

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