「風間さん、風間さん!」
「…こんな状況なのに、苗字は随分とご機嫌だな。」
風間さんは遠い目をしてため息を吐いた。
事の発端は十分前。
太刀川さんが風間さんを連れて私の部屋に遊びに来た。
「よお、名前!今日はな、おもしれもん持ってきたんだ!」
「ノックくらいしてから入ってよ。着替えてたらどうすんの?」
「もし苗字の着替えを見たと忍田さんに知れたら、俺達は千切りにされるな。」
「あはっ、さすがにそれは無いですよ。風間さん!」
風間さんは小柄なのに強くて賢くて、なんだか小動物のように見えてしまって、私は密かに慕っている。
「じゃーん!」
「なんだそれ。」
「…手錠?」
凄いだろ!と言うようにポケットから太刀川さんが出したのは、手錠だった。
「へえー、凄いね。おもちゃにしてはよく出来てる。うん。」
「おもちゃじゃねえよ。本物は高いんだけど、なんでも訳ありらしくってタダで貰った!」
「…そんな怪しげなものを堂々と見せびらかすな。」
本物の手錠という事で、私はウキウキしてしまったが、風間さんは厄介事に巻き込まれたくないらしく、太刀川さんの頭をチョップした。
「っいて、」
「はあ、で?今日はお前がどうしてもって言うから三つ巴しに来たんだろ、三つ巴の許可、貰ってるんだろうな?」
「えっ、何それ!楽しそう!!」
「あ、やべ。許可申請書、忍田さんに預けたまま忘れてたわ。とってくるー!」
「…全く、」
風間さんと太刀川さんと三つ巴が出来るだなんて!夢のようだ。と思ってルンルンしていると、さっき風間さんにチョップされた時に落としたのか、太刀川さんが持ってきた手錠が落ちていた。
「…えいっ、」
「は?」
つい出来心で、風間さんの右腕と私の左腕に手錠をかけた。
カチカチと音がして、鍵が無いと取れなくなった。
「おお!さすが本物。音がリアルな上に、悪いことしたような緊迫感があるね。」
「…はあ、苗字は変な所まで太刀川に似たな。」
やれやれとため息を吐いて、ほれ、と言って左手で何かを渡すように催促する。
「ん?なんですか、その手?」
「何言ってるんだ、こんな所忍田さんにでも見られたら俺はみじん切りにされるだろう。だから、そうなる前に手錠の鍵を使ってこの手錠を外すんだ。」
持ってるだろ?とまた左手を動かすが、残念だ。私は持っていない。
「鍵は太刀川さんが持ってるはずですよ?」
「…そうか。」
そして待つこと三分、戻って来た太刀川さんから、
「訳ありってのは、鍵が無いってことらしくて、その手錠は鑑賞用に持ってきたんだよ。」
と告げられ、隣で風間さんの目からどんどん生気が失われていった。
「…風間さん、その、いくら忍田さんが過保護だからって、私が悪いのに風間さんだけを怒ることは無いから!安心して!」
頑張って風間さんを元気づけるための発言をするが、風間さんは聞こえていないのか、
「ははっ、トリオン体ってどれくらいまで細かくなるんだろうな、」
なんてうわ言を言い出してしまった。
そしてそんな風間さんにトドメを刺したのは、太刀川さんの
「あ、今から忍田さんが三つ巴許可申請書持ってこっち来るんだった。」
と言う言葉だった。
そして、風間さんは遠い目をして私の隣で辞世の句を詠み始めた。
やばいやばい。
気休めかもしれないが、手錠を隠すようにハンカチを掛け、出来るだけ離れて座る。
そして、微妙な空気が流れる中、私の部屋の扉からノックの音が鳴った。
「っひえ、えと、はーい?」
「私だ。入っていいか?」
「…ど、どうぞ〜、」
そう言うと扉が開いて、三人いるのに静かな部屋に違和感を覚えたのか、忍田さんは首を傾げる。
「今日は随分静かだな。それに、」
ガキンッ
「少し見ない間にとても仲良くなった様だ。」
手錠にいち早く気づき、なんと持っていた車の鍵で手錠の鎖を破壊した。
「っひゃ!」
「っ、忍田さん、その、これは、」
私が驚き、風間さんが必死に説明しようとする横で、太刀川さんが俺は関係ありませんよ。と言わんばかりに口笛を吹いた。
「…言い訳はブースで聞こうか。手合わせしながらな。」
忍田さんは風間さんの話を聞こうともせず、さっさと模擬戦ブースに行こうとする。
「ちょっと、忍田さん!風間さんの話を、」
「なんだ、名前も随分と色気づいたんだな。そもそも、女子の部屋に男を二人も招き入れるのは、迂闊じゃないのか。」
「っ、はあ!?」
こちらの話を微塵も聞こうとしない姿勢に腹が立ち、私は声を荒らげてしまった。
「…はあ、じゃないだろう。名前は女の子なんだ。どうしたって男にかなわないのは自分がよく分かっているだろ!」
「……何それ。」
忍田さんにそんな風に思われていたのか。
頭は嫌になるくらい冷静で、あっさりと言葉の意味を理解する。
「っ、いや、その、気をつけた方がいいという意味でだな、」
私の反応に焦った忍田さんは急いで取り繕っている。
風間さんと太刀川さんはなんの話しをしているんだ?と、もはや蚊帳の外だ。
「…忍田さんなんて、大っ嫌い。」
冷静だと思っていた頭は案外血が上っていたらしく、思ってもないのに、信じられないほど感情が篭った言葉が出た。
恐る恐る盗み見た忍田さんの表情は、とても傷付いていた。
お腹のあたりにズシンと鈍い痛みが走った。