今日も今日とて相も変わらずバイトをしている。
今日のバイトは、今話題のアイドルのプチイベントの列整理バイトである。
支給された貸出Tシャツを着て、朝から夕方までひたすら列整理だ。
「…すごい人気ですね。」
「…そうですね、こんなに人気なんて知りませんでした。」
少しだけため息を吐いていると、同じバイトの人が声をかけてくれた。
どこか狂気じみた笑みに少しだけ寒気がしたが、気のせいだと思って笑顔で会話をしていた。
「この前に入ったイベントの時も大変だったんですよ。」
「そうなんですか、なんのイベントだったんですか?」
「グッズ販売ですよ。」
「グッズ販売!私も入ったことありますけど、あれは戦場ですよね。」
そんな風に会話をしていたら、思いのほか盛り上がって気づけば仲良くなっていた。
夕方になり、イベント自体が終了し、撤収作業が終わったので解散になった。
「っふう、」
「どっち方面ですか?」
疲れが一緒に出るといいなと密かやかに息を吐き出すと、背後から声をかけられた。
今日仲良くなった人だ。
「玉狛方面です。」
「お、僕もそっち方面ですよ。良かったら一緒に帰りましょう。」
毎度単発バイトの帰り道は一人なので、少しだけ寂しさを感じていたので、彼の申し出がとても嬉しかった。
是非!と返事をして、他愛のない話をしながら電車に乗って駅に着いた。
「どっちですか?」
「川沿いの道の方です。」
「僕もです。どうせだから、送りますよ。」
久しぶりに異性に女扱いをされてときめく。
いや、迅くんにも女扱いされてるな。
そんな事を頭で考えながら彼と話していると、改札を出た所に迅くんが居た。
「迅くん!どうしたの?」
「…苗字さん待ってたんだ。その人は?知り合い?」
何だかいつもより低めの声に少しだけ怖い表情をしている気がする。
「あっ、この人は今日仲良くなって、送ってくれるって、」
「へー、俺が送るんで大丈夫ですよ。」
「…そうですか、じゃあ僕はこれで。またね、苗字名前さん。」
「えっ、ちょっ、」
迅くんが少し睨んでそう言ったら、彼はあっさり帰ってしまった。
「ちょっと、迅くん!今の言い方怖いよ?」
「そう、あの人も怖がってくれてたら良いんだけどね。」
「え、」
何だか含みがある言い方に少しだけ違和感を覚える。
今日の迅くんはなんというか余裕が無い。いつもより苛立っているようだ。
「…迅くん、怒ってる?」
「いつもは気づかないのに、今日は気づくんだね。」
「え、いつも怒ってるの?」
「…内心はね、少しだけだよ。」
いつもちょっとだけ私に対して怒りを持っていた事実を告げられ少しだけ傷ついた。
「…なんで怒ってるの?」
「そこは気づかないんだね、自分で考えなよ。」
今日の迅くんはとことん私に厳しいようで、さっきから隣を歩いている筈なのにとても遠くに感じる。目が合わないからだろうか。
「…やっぱりわかんないよ。」
「…そっか、ま、わかんなくても無理は無いかな。」
ケロッといつもの笑顔で私を見るけど、目はとても冷めていた。
「迅くん、今日家上がってく?」
私がそう言えば、さっきよりも怒ったような顔でこちらを見た。
「…、さっきの奴にも同じ事言うつもりだった?」
「…え?いや、」
「苗字さんは、馬鹿なの?」
「…は?っ、迅くん、?」
いきなり私を馬鹿呼ばわりしたかと思えば、迅くんは私の腕を掴んだ。
その力の強さに少しだけ怖くなる。
「…振り解けないでしょ。」
「うん。痛いよ、」
「俺はすぐ離すけど、さっきの奴は離してくれるかわからないよ。」
私の腕から手を離しながらそう言った。
さっきまで掴まれていた腕はじんじんと痛んで、少しだけあかくなっていた。
腕の痛みが引いていくほどに、迅くんの言葉に腹が立ってきた。
「なんで、あの人が悪いみたいに言うの。」
「今日会ったばっかの人に優しすぎるから。」
「何それ、私は誰かに優しくされるのに迅くんの許可が必要なの?」
「…」
「迅くんはただの友達でしょ、家族でも恋人でもないのに、私の事束縛しないで。」
もっと他に言い方があったろうに。
自分でも驚くほど淡々と出た言葉には全く可愛げがない。
黙り込む迅くんの顔を見て、胸の奥が痛んだ気がした。