「久しぶりに孤月で切り合いしようぜ。」
A級一位太刀川隊隊長、太刀川慶。
ボーダー本部長、忍田真史の弟子でソロランクも一位。頭が悪いのがたまに傷だが、頼れる人だ。
「嫌ですよ。私この後撮影入ってるんですから。」
そしてもう一人、苗字名前。
本部長の二番弟子で、対近界民戦闘においてボーダー一の実力を持つと言われている女。
一年程前まではA級四位の嵐山隊に所属していたが、新エース木虎の入隊後脱隊。
今は広報A級ソロ隊員なんて呼ばれている。
「模擬戦するなら出水先輩とでもしててください。」
「っげ、俺を巻き込むなよー!」
突然巻き込まれたので目いっぱい嫌そうな顔をしたが、太刀川さんはもう俺と模擬戦をやる気だった。
勘弁してくれ。
頭に手を当てため息を着くと、少しだけ申し訳なさそうに苗字が謝罪する。
「…お前、微塵も悪いと思ってないだろ。」
「あはっ、バレました〜?」
嬉しそうな笑顔が綺麗だったので、整っていた髪を乱してやった。
一年程前、嵐山隊を抜けて一人暮らしを始めた苗字は途端に大人びた。
「出水くん」と呼んでいたのに「出水先輩」と呼ぶようになり、妙に上手い敬語を使い始めた。
時折タメ口が混ざるのにときめきを感じるが。
無理やり距離を置かれた感覚だ。
特に顕著に距離をとっていたのは二人。
太刀川さんと本部長。
苗字がボーダー内で特に慕っていた二人だった。
「未だに謎なんだけど。」
「…何が?」
太刀川さんの模擬戦に延々と付き合わされていた所に風間さんが現れたので変わってもらい、傍観決め込んでいた米屋に話しかけた。
「…苗字と太刀川さんの関係。」
「あー、確かに。」
「あの二人割とお似合いだったろ?なんで別れたんだろ。」
「…え、あの二人付き合ってたの?」
ポロッと口から出た言葉に米屋が驚きを見せた。
こいつ知らなかったのか。
「おう、確か一年くらい付き合ってたのに、突然別れたんだよ。ちょうど嵐山隊抜けたタイミングか?そんくらいに。」
「…マジか、まあ、あの二人距離近かったもんな…。」
そう言ってマジか、と反芻している米屋に聞いても特に何も分からなそうで、話す相手を間違えた事に気づいた。
今思えばいつからなんて、分からない。
もしかしたらもっと前から関係があったのかもしれない。そんなふうにも思う。
任務帰りに忘れ物に気づいて本部に戻って来た時、太刀川さんと苗字が物陰に消えて行くのを見た。
気になって後を追ったら、二人がキスしていた。
割と深めの。
見てはいけないものを見てしまった。そう感じた俺は音をたてないようにその場を去り、翌日に太刀川さんに聞いてみた。
「…太刀川さんって、苗字と付き合ってるんすか?」
我ながら情けない声が出たもんだと思った。俺の中であの二人は兄妹のようだと思っていたから。
昨日見たものは俺の見間違いだったとさえ思っていたかった。
「おう。ちょっと前からな。」
俺の現実逃避は叶わず、嬉しそうに肯定する太刀川さんに少しだけ裏切られたような気持ちになった。
でも、本人には言わないが太刀川さんは隊長として尊敬しているし、苗字の事は可愛い妹分みたいに思っていたから俺は静かに応援していた。
二人を見ていると心が穏やかになったから。
でも、その関係は突然消えてしまった。
元からそんなもの無かったみたいに。
苗字の態度で二人に何かがあった事は明白で、でも、二人ともあまりにいつも通りだから俺は直接聞けなくて、太刀川さんが何か言ってくれるのを待ってた。
もしかしたらただ喧嘩してるだけで、すぐ前のようになるんじゃないかって、どこか期待していたから。
でも、そんなのは俺の願望でしかなくて、呆気なく苗字が俺に言った。
「私達の関係、終わっちゃったの。」
今まで見たこと無いくらい切なそうに笑うから、俺は何も聞けなくて、あの時何か聞いていれば、今も二人は続いてたんじゃないかって、都合のいい妄想を今でもしてしまう。