ペコペコ、と高音の間抜けな通知音が鳴る。発信源は見慣れたゴツいカバーの俺の物ではないスマホだ。
「央(なかば)ー。リンク入ってるー」
「誰から?なんて?」
「ええ、見ていいん。見るよ?」
リンク、《LINK》とはトークアプリの事だ。白地に緑の「L」が目印のアプリ。俺の部屋で寛ぎながら借りてきた映画を見るのに夢中な央は鳴ってるスマホにも、教えてあげた俺にも見向きもしない。仕方ない奴だと央のスマホを手にとってロックもかかっていないソレを開く。不用心な奴め。
「央の学校のグループリンクだ、今度の日曜バーベキューしよーって」
「あー、行くって言っといて」
「ええ、俺打っていいん。打つよ?」
さっきと似たような返事と問いかけ。本当に央は不用心だ。人にリンク見せるの抵抗ないんだろうか?ましてや返信までさせるなんて。いや、俺だから信用して貰えてるのかなあ?それだと嬉しいんだけど。
(返信するのに、文面とか寄せた方がいいよな…?)
申し訳ないが少し前のトークを遡らせてもらう事にする。央の高校はみんなが仲良いみたいでクラスのグループリンクが遊びの誘いやらテスト期間独特のの質問やらで頻繁にやり取りがあった。その中でも央も結構マメに返事する方だった。過去の返事を参考にして央の文面を真似て返事する。
「央、グループリンクだとテンション高めなんだなあ」
「勝手に見んなよ」
「見ていいって言ったの央だろ」
返事のたびにいろんな種類の絵文字付き。予定が決まれば楽しみだな、早く予定の日来ーい、みたいな雑談まで発信してる。俺との個人リンクなら絶対絵文字も顔文字もなんもない文面だし、相当テンションがノってないとこんな雑談トークも好んでしない。普段とは違う央を垣間見て面白いような、でもなんか親友としては少し面白くないような。なんだろ、この気持ち。
俺と央は中学校の時の1年間だけ同じクラスだったのだが、お互い違う高校に進学した今でも週に何度かはどっちかの家で駄弁ったり、学校帰り待ち合わせして繁華街へ出かけたりする程には仲がいい。休みの日も共通の趣味の映画を観に行ったり、くだらない話や真面目な話、考え方もいろいろ気が合うから一緒にいると楽しくて。
俺の中で央は親友なんだけど、向こうは俺のことをどう思ってるかは知らない。
「央、ちゃんと高校で友達作れてたんだ」
「失礼なヤツだな、帷(とばり)こそどうなんだよ」
遊ぶ相手俺しかいねえだろ?と意地悪に笑う央。正直なところ央がクラスのみんなでバーベキューするという日曜に、前から楽しみにしていた映画の公開日だったから央誘おうかな、と思っていたところだった。誘う前に振られたみたいなもんだけど。
「ちゃんとそれなりには友達いますう」
「そうかそうか」
不貞腐れたみたいな俺の返事に何を察したのか、なんだか上機嫌になった央はまた映画を見るのに集中した。スプラッタ系映画をそんなにニヤニヤして見るなよって思った。
「帷ー。今週の日曜暇?よかったら映画行かね?」
じゃん、と2枚のチケットを見せてそう俺を誘うのはクラスメイトの野本だった。高校に上がってから未だにこの人!という仲のいい友人はいなかった俺。央以外とは高校でも中学でも浅く広い人間関係を築いていた。
「そのチケット、もしや今週公開の映画の前売り券では…?!」
「フッフッ!いかにも!帷殿が以前映画が好きだと言っていたのを思い出してな…。我輩も映画が好きだ、行かぬか?!」
「行かねばならぬ、行かねばなるまい!」
近くで聞いていたクラスメイトたちにお前ら何キャラだよ、と突っ込まれて笑われた。俺が映画好きだという事を覚えて誘ってくれた上、見たかった映画だから余計に嬉しい。これを機に央以外の人と深い友達付き合いが出来るといいな、と思った。
時は流れてあっという間の日曜日。
「映画、かなり面白かったなー!」
「だよな!あそこのアクションがさ…」
楽しみにしていた映画が期待していた以上に面白く、上映後エンドロールが全て流れ終わり暗かった館内がぼやあと明るくなるまで映画の余韻にずっと浸っていた。そのあとは映画館を出て夜ご飯に選んだチェーンのファミレスで食事しながら野本と感想を言い合った。野本とは初めて遊ぶというのに、感想も含めて映画の好みやそこから派生したいろんな話題でずっと盛り上がっていた。
「はー、今日一日すっごい楽しかった!野本、誘ってくれてありがとなっ」
「はは、何回言うんだよ。帷も面白そうなやつだと思ってたけど、予想以上だったわ」
帰り際、野本が乗る駅の改札で最後の会話を交わす。周りには俺たちの他に別れを惜しむカップルや飲み会帰りのサラリーマンたち、遊んできた後であろう学生の団体なんかで溢れていた。
「じゃあ野本!また明日な!」
「おー!帷も気をつけて帰れよ〜」
改札の外から、ホームへ降りていく野本を見送り、自分も家に帰ろうと足を翻す。俺の交通手段は電車ではなくバスだ。
「おい、帷!」
「えっ、央?!」
バス停へ向かう途中、ポッケに両手突っ込んでぽやぽや歩いていた俺に、後ろから声をかける人物がいた。ばっと勢いよく振り返ればなんと奇遇な事に央がいた。さらに央の後ろから、またねー!、とか明日学校でー!、なんて央に声をかける複数の男女の団体がいて丁度央もバーベキュー帰りなんだなと察する。
「うわあ、かなり偶然。もう友達とは別れたの?一緒に帰ろ」
「ああ」
ぶっきらぼうな央の物言いに、お?となる俺。顔色を伺えば俺の予想はビンゴで。央は微かに眉間に皺を寄せ口の端を噛んでた。これは機嫌が悪い時の表情だ。央は態度が顔に出やすくとても分かりやすいのだ。
「どしたー?なんでそんな機嫌悪い?バーベキュー楽しくなかったん?」
「…べつに」
俺が央の不機嫌に気付いた事に気付いた央が、さらにむすくれた。本当に分かりやすいやつだ。しかし話す気がないのなら仕方ない。これ以上詮索するのはよそう。
「じゃあ、やっぱり俺寄り道してから帰るから。またな」
そう言って片手をパーにしてあげて立ち止まった俺。本当に機嫌悪い時の央は何にも喋らなくなるし、正直めんどうくさいから今日のところは退散だ。本当は寄り道してまで行きたいところなんて無いんだけど、せっかく楽しんだ日の帰りに、央と気まずく帰るなんてそれは嫌だ。
「…俺も行く」
「はぁ?!」
なのに、その空気を不味くさせる張本人が踵を返して来た道を戻ろうとする俺の後をついてきたのだ。
「なに、文句ある」
「あるよ!一緒にいるならいるでその機嫌どうにかしろ!」
「……」
(ほら、また黙る!)
ああ、もう!と何かに八つ当たりしたい気分だ。だが仕方ない、央は少し内弁慶なところというか、俺以外の人間に対しては八方美人なところがあるから、今日のバーベキューでもなにか嫌な思いしてもその気持ちを押し込むしかなかったんだろう。央が話すなら聞いてやらん事もないのに。
「…あいつ、誰」
「あいつ?」
「駅で、帷が見送ってたヤツ」
バーベキューでの愚痴を1つや2つ零すのかと思いきや、予想外の俺への質問。不機嫌はスルーする方向でいいんだろうか。
「野本っていう高校の友達。今日映画見てきたんだ」
「ふーん…あいつと仲良いの?」
「う〜ん、仲良くなりたいとは思ってんだけど…」
「あっそう」
央は俺の返事を聞いてなんだかさらに不機嫌になってしまったようだ。
「分かった、央は俺に友達ができるのがさみしーんだろ」
にしし、と笑って央をからかってみる。
「…っ」
すると央は顔をこれでもかと顔を真っ赤にして言葉に詰まったから、なんだか俺が変なことを言ったみたいで、俺もとても恥ずかしくなってしまった。
「そ、そんな顔赤くして…なんだよ、図星なわけ…?」
「…う、うるせー」
そう言えば、この前2人で借りてきた映画見てきた時だって俺には友達あんまりいないって話題になったとき、央は嬉しそうだった。なんだよ、ただの俺大好きな奴かよ。
「…自分だって、女の子もいるグループで今日遊んできたくせに」
「俺は団体だったけど、帷はサシじゃん」
「いやいや!男同士じゃん!それはねえわっ」
なんだこれ、なんだこの会話。互いが互いに嫉妬してるカップルかよ?ってなった。ちょうど央もおんなじ事思ったのか2人で顔をさらに赤くして、吹き出してしまった。
「はー…俺たちばかみてえ」
「ばかは央だけだっつの!」
一通り笑って、笑い泣きまでする俺たち。とにかく央の機嫌は治ったらしい。よかった。
思わずしてお互いの友情の相思相愛ぶりを再確認してしまった訳でむず痒いような恥ずかしさに見舞われながらもまあ悪くはないと思ってるあたり、ほんと俺も央の事からかえないくらい央の事が好きなんだなあと認めざるを得なかった。
(顔…あっつー…。いや、全身あついかも…)
手の甲で頬を撫で体温を確認する俺に、手で団扇をつくって仰ぐ央。
とりあえず、寄り道して寄ったコンビニで2人でアイスを買って食べて、この日は大人しく帰ったのだった。
……
友達以上、恋人未満、未満。