ケット・シーの復讐
 

我輩はケット・シー。
相変わらず主人は我輩のことをケット・シーと呼ぶ。

「ケット・シーさあ、ちょっと太ったね」
「精霊も太ることがあるんだな」

我輩がミルク色のソファでのんびりゴロゴロしていると、突然主人とタルタロスが上からそんな言葉をかけて来た。そして我輩のお腹を不躾にもぶにぶにつついたり、つまんだり、もみもみしたり。
なんという奴らだ。しっぽでペシンペシンと二人の手をはたいてやった。

確かに今現在、我輩のプリティーなボディーは召喚された時の二倍くらいの大きさになってしまったが、我輩がこんなに肥えたのは主人とタルタロスのラブラブ魔力があったせいだ。たまたま、我輩の魔力を蓄える場所がお腹だっただけだというのに。

「デブでもかわいいなあ、ケット・シーは」

主人は言ってはいけないことを言った。

かわいいと言ったのはその通りだからなにも問題ない。が、主人はその言葉の前に「デブ」をつけた。
決めた、我輩主人に復讐するぞ。ごめんなさいと言わせてやるのだ。

「ケット・シー、背中の肉とかすごいよ〜かなり伸びる〜」
「ぶみゃあ」

主人よ、笑ってられるのは今のうちだぞ。





「シノ、シノ、起きろ」

朝日が登ったばかりの朝の時間、窓の外では雀が数匹チュンチュンと鳴いている。
シノは朝から隣で眠っているはずのソーに体を優しく揺さぶられて起こされる。

「んー…にゃにぃ…」
「いいから起きて鏡見ろよ」

眠い目を擦りながら上体を起こす。ソーがニヤニヤ笑って差し出して来た鏡に自分を写して一気に目が覚めた。

「にゃ、にゃ、にゃにこれえ?!」

ふつう、そこにあって当然の耳が消えており、髪の間からぴょこんと天を向いた、赤毛混じりの茶色の髪より少し濃い色をした猫の耳がシノの頭から生えていた。シノ自身の大きな驚愕の声にピクピクとそれは動く。

しかも心なしか“な”を上手く発音できない上、よく見ると鼻あたりから頬に向かって伸びる五センチほどの髭が数本。

「かわいい耳と尻尾だな」

そして極め付けは、人間にはないはずのそれが尾骨から伸びている。ソーは寝起きのシノのパジャマのズボンをツルリと脱がして、フリフリ揺れる頭から生えた耳と同じ色をしたしっぽを見ていやらしく笑った。

「ソーのばかぁ!にゃにしたの!!」

一晩で鋭く伸びた爪でソーの腕やら腹やらを引っ掻く。
そう、シノは中途半端な猫人間になってしまったのだ。

朝から泣き喚いてソーにやつ当たるシノ。
こんな状況ならばそうやって冷静でいられなくなるのは当然の事だが、この場で焦っているのはシノだけだ。
すぐ隣には男のロマンが詰まった猫耳付きの恋人に、可愛さのあまりニヤニヤが隠せない男が一人と、ベッドのすぐそばに置かれたカウチで我知らずと丸まりながら、しかししっかり耳と目だけは主人の方へ向けた猫の精霊が一柱。

シノを半分猫にした犯人は言わずもがな使い魔のケット・シーだ。そしてシノやソーに太ったとばかにされたケット・シーのその体型は、シノに初めて召喚された時と同じくらいの細さになっていたのである。

ケット・シーは膨大な魔力を使って寝ている間にシノを半分猫にした。
本当はシノを完全なるデブ猫に変えたかったのだが、そうするには魔力があれだけ蓄えていたというのに足りなかった。

この魔法は一時的なもので時間が経てば元に戻る。しかし、ケット・シーにはそれを主人であるシノに伝える手段がないし、あったとしても教えない。
少し作戦は変わってしまったが猫耳や尻尾がついてかなり焦っている主人を見て楽しむことにしよう。ケット・シーは尻尾を大きくゆらゆら振った。


「こんにゃ耳で学校行けにゃい〜…」

半泣きになって、耳を隠すようにシーツを頭ままですっぽり覆うシノをソーは楽しそうに宥める。

「いいじゃん、今日は学校休めば。あとここには俺しかいないんだから隠すなよ」

と言ってもソーにシノを慰める気はなく、その珍しい耳をつけた恋人をひどく構いたいのが本音だ。そんなソーの思惑に気付いているからこそシノはシーツの中から出てこない。

「そうやってえ…他人事だからってえ…もしこれが病気だったらどんすんのばかぁ…」

頭隠して尻隠さずとはよく言ったもので、頭を包むようにシーツを被って包まったのはいいものの、シーツに隠しきれなかったお尻から伸びた尻尾が不安そうに小さく早く揺れている。
きっとケット・シーの悪戯だろうと最初から予想していたソーは、きっとこの耳も尻尾も時間が経てば元通りになるのをなんとなく感じ取っていた。

ならば、それが無くなる前に猫耳の恋人を今日は思う存分可愛がらねば。

「そのうち元に戻るから、顔見せろ」
「……戻るまで見せにゃいもん」
「シーノ」
「………見せにゃいったら」

シノはソーの甘い声と行為に誘惑されている。
シーツ越しに耳に優しくキスをしたり、しっぽをそーっといやらしく撫でたり。

「…ばかにしにゃい?」

ソーの誘惑に乗せられたシノが不安そうにシーツの隙間から顔を出して上目遣いで問いかける。

「絶対しない」

ソーはシノの瞼にそっと触れるだけのキスを落として、シーツごとシノを抱きしめた。

「にゃあ」



結局その日、シノのいつにも増して甘い鳴き声が一日中止むことはなかった。

そんな二人の魔力に当てられてケット・シーがリバウンドしたのは当然の事だと言えるだろう。きっとまたシノがケット・シーの怒りを買って猫に変えられてしまう日も遠くはない。





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