新婚さんいらっしゃい
 

「やあ、カーライル少将。ご機嫌いかがかな」
「お前の顔を見て悪くなった、ベックフォード少将」

シャルテールに師団はいくつもあり、数字が上であればあるほどその師団の位は高い。師団長を任されるのはみな将官であり、全ての師団を指揮できるのは元帥のみである。

元帥のいる執務室がある建物を本館とし、それはシャルテールの首都ウィリーに置かれている。そしてその本館を囲むようにいくつもの師団の兵舎がウィリーを中心にシャルテールには点在していた。

そしてカーライル少将ことソーがベックフォード少将と呼ばれた金髪の優男と鉢合わせたのは元帥のいる本館のとある廊下であった。

「久しぶりに会ったというのにツレないな。そう言えば去年おまえがこのウィリーに家を買ったと聞いたよ」
「うるせえ、関係ねえだろ。また大怪我でも負わされたいか」

ベックフォード少将とは以前、ソーに定時過ぎに話しかけて全治八週の大怪我を負わされたというソーの上司である。少将という立場は同じものの、ソーは第二師団、ベックフォード少将は第一師団の団長だ。僅かな差だがベックフォードは一応ソーの上司であった。

「それより、シノは元気?」

そして、ベックフォードとはミサカのファミリーネームである。透き通るような美しい金髪を後ろに全て流して、老若男女問わずそのガラス玉のような瞳に見つめられると思わず見惚れる美しさだ。

「変わらねえよ」
「そう、それはよかった」

ソーとミサカが揃うと女たちはその優れた容姿のあまりの眩しさに卒倒し、男たちはその文武両道な一面に嫉妬すら抱けないと市民や軍関係者の間では専らの評判である。

「ところで以前おまえに負わされた怪我の治療費やその他諸々、第二師団に請求したんだけど支払いがまだなんだ」
「知らねえ」

知らないはずがない。高校時代、ミサカはシノを通じてソーを知った。今では友人のシノよりソーとの方が関係がある。ーほぼ仕事絡みでだがーミサカはこの男の性格はわりと理解しているつもりだ。好きなものや興味のあるもの以外は基本排除し、見向きもしない。なんとも自己中心的な性格の持ち主だ。人であれ精霊であれ要らぬものを排除するソーの残虐性をミサカはまるで太陽神アポロンのようだと密かに思っていた。

「そうだな、今晩おまえの家に招待してくれれば怪我の件なかったことにするよ」
「なかったもなにも怪我するような柔な鍛え方してるお前が悪いんだよ、消えろ」
「無抵抗の人間をあんなに殴れるのは世界のどこを探してもおまえだけだよ。久しぶりにシノの卵焼きが食べたいんだ、いいだろう?」
「うるせえ、消えろ」

人の話を全く聞く気がない二人。この言い争いは帰ってくるのがあまりにも遅すぎる上司を心配して本館までやって来た互いの副官たちが止めるまで終わらなかった。

自己中心的で暴力的なソーと、打算的で利用できるものはとことん利用するミサカは他人から見れば達の悪さはどちらも同等である。



将官会議だとかで本館に招集をかけられていたソーは今日も今日とて時計の針が午後六時を指したと同時に愛用のバイクをかっ飛ばして帰宅する。第二師団の兵舎にはいちいち戻らない。何かあっても副官のナグサがなんとかするはずだからだ。

三十分かけて帰宅すると、玄関ではお玉を持ったエプロン姿の最愛の妻がキスで迎えてくれる。

「ただいま」
「おかえり…あり、ミサカ?」
「やあ、久しぶりだなシノ」

なんと、ミサカは本館からソーの後をつけてここまでやって来たのだ。爽やかな笑顔を顔面に貼り付けてひらひらとシノに手を振るミサカをソーは二度と笑えないようにしてやろうかと拳を握りしめたが、シノの前である。高校時代にシノの初めての友達であるミサカをシノ本人の目の前で暴行を加えた事がある。そしてそれが原因でシノに泣かれた事も。シノがいない時はまだしも、今シノが見ている前でミサカを殴る事は出来なかった。
それを知ってか知らずかー恐らく前者だろうーミサカはずかずかと靴を脱いで上がり、シノとの久しぶりの再会にもう話を弾ませていた。




「まさか、ミサカとソーが揃って軍に入隊するとはあの時は想像もしてなかったよ」
「ベックフォードは代々軍人の家系だからね…カーライルは本当に意外だけど」
「ソーってば軍の中なら好きなだけ暴れられるだろって入隊しちゃったんだよ、単純でしょ」

ガラス製のダイニングテーブルの上には真っ白な餃子の皮と餡が置かれている。ソーとシノは横並び、その向かいにミサカが座ってそれぞれ皮に餡を包みながら昔話に花を咲かせた。主に盛り上がっているのはシノとミサカだけで、ソーは不貞腐れながらもくもくと作業を続けていた。テーブルの下ではシノの使い魔のケット・シーが彼らの足でじゃれている。

「あっ、ソー、そんな包み方じゃ焼くときに餡が漏れるって。もっとキュってやってよ」
「やってるだろ」
「やれてないよ。もう。二度手間あ」

ソーが包んだ餃子を手に取りもう一度包み直す。ソーも料理はするし基本なんでも器用にこなすのだが今日はミサカがいる。シノは久しぶりの来客に舞い上がっているようでいつもより楽しそうだ。どうにも気分が乗らない。それが餃子の包み方に現れてしまったらしい。

「はは、カーライルにそんな文句が言えるのはシノくらいだよ」
「…だまれ」
「こら、そんな事言っちゃだめ」

まるで思春期の息子とその母親である。ミサカは二人の会話にさらに笑みを深くした。対してソーの眉間の皺は増えるばかりである。
ソーはシノの目の前では普段の横暴さを露ほどに見せない。そんなソーの二面を見た者はソーが二重人格者だったのかと疑う程だ。

「…お前早く帰れよ」
「シノ、俺久しぶりにシノの卵焼きも食べたいんだ」
「あ、じゃあ卵焼きも作るね」

なんとも厚かましい男だ。ソーはミサカを今すぐ追い出すのは無理だと判断し、餃子を包む作業に集中した。



「やっぱ餡が漏れちゃったなー」
「でも美味しいよ」

陶器の平ったい白色の皿の上にはこんがりとごま油のいい香りを漂わせながらきつね色に焼けたたくさんの餃子が乗り、その半分ほどは崩れた形をしていた。皮の繋ぎ目が破れて餡が漏れたり、そもそも皮が元々繋がっていなかったり。それらはほぼ全てソーが包んだもので、あの後異常なスピードで形の悪い餃子を量産していたのだ。どこにもぶつけられないイライラはやはり餃子に向かってしまったようである。

テーブルの上には大皿に乗った餃子と、予め作っておいたワカメと卵の中華スープ、ミサカがリクエストした卵焼きが所狭しと並んでいる。
ミサカは次はこれを食べようと卵焼きに箸をのばして口に運んだ。

「うん、やっぱり美味い」

箸で摘めばすぐに崩れてしまいそうなほどふわふわの卵焼きを一口で口の中に全て含むと中で甘い味がほんのり広がった。学生の頃かは何度も食べたこの味はいくら食べても飽きない、ある意味ミサカにとってのお袋の味かもしれない。思わず笑顔になるほどの美味しさだ。

「シノとカーライルはさ、結婚してよかったと思う?」
「…いきなりだな」

餃子をつまみに酒も進み、ほろ酔い気分になってきた頃ミサカが突然話を切り出した。

「家に人がいて自分の帰りを料理を作りながら待ってくれてるのって、いいのかなと思ってね」

ミサカの家はウィリーより少し離れたダリヤという街にある。ダリヤに住むのは富裕層が殆どで、そのダリヤの高級住宅街の中でも一際目立って大きな屋敷がベックフォード邸である。そこでは数人のお手伝いが住み込みで働いている。
ミサカが家に帰ればメイドが掃除の行き届いた綺麗な屋敷で出迎え、コックが暖かい料理を作ってくれているが、それはシノとソーの家庭のようなものではない。

「…よくなかったら、一緒に暮らさねえだろ」
「ふはっ、それは確かにそうだ」
「十三年も一緒だともういないのが想像できないよ、ある意味空気」

そこにいて当然、しかしいないと息ができない大切な存在。
目の前の二人の独特の甘すぎない、心地の良い空気にミサカはまた卵焼きを一口頬張った。

「…ほんと、二人を見てると俺も結婚したくなるよ」
「まずは相手を見つけてから言えよ」
「結婚式には呼んでね」

やはりシノの作る卵焼きは甘い。
グラスに注がれた酒を煽って、その甘さを酒の苦味と共に一息に飲み込んだ。

しかし、部屋に漂う甘い雰囲気は酒なんかで消えやしない。


……

新婚さん(の家に)いらっしゃい。





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