金盞花
 

普段学校にいる時、シノはいつも一人で行動している。集団生活の向いていないソーが基本寮から出ないからだ。たまに出たとしても旧広場へ赴くくらい。 そして高頻度で怪我人を出して帰ってくる。

今日も例に漏れずシノは一人で学校へ行くためにゆとりを持って早めに寮を出た。
部屋にはまだ今日も今日とて学校へ行く気のないソーが夢の中にいる。

「君がシノ?」

声のする方を振り向けばそこにいたのはつり目がちの目に眩しいほどの金髪をした生徒だった。

学園中から恐れられている男を恋人に、学園中から愛されている生徒会長を友人に持つシノはこの容姿主義のルイスではあまり他の生徒たちから好かれていない。つまり、友人は恋人のソーを除けばミサカの他にいない。
今、声をかけて来た男子生徒に心当たりはなかった。

「…なに?」

警戒しつつ金髪の生徒の言葉に返事をすれば、彼はニヤニヤと何やら悪どい笑みを浮かべる。

「ソーと付き合ってるんだよね?…近くで見るとより平凡…」

全く知らない赤の他人が馴れ馴れしくソーの名前を呼び、見下すようにシノの顔を不躾に眺めたと思ったらその言葉。シノの機嫌は一瞬で悪くなった。

「いきなりなに?だれ?なにが言いたいの」
「やだな、そんなに怒らないでよ」

睨みつけると同時に目の前の男の顔をしっかり見た。美形だらけのこの学園の中でもさらに美形な、フランス人形のような見た目麗しい女と見紛うような男であった。
しかし、シノにはそんなフランス人形のような彼でも掠れて見える程の美しさを持つ恋人がいるせいで、目が肥えたらしく目の前の彼の笑顔を見ても特になんとも思わない。ただ彼の言葉に苛立ちが募るだけである。

「僕はソーの二番目を見にきたんだ」
「…どういう意味」
「そのままの意味だよ。ソーとのセックス、気持ちよかったでしょ?」

理解が追いつかないままどんどん告げられる悪意ある言葉たち。
容量の悪い頭で考え辿り着いたのはこの目の前の彼がソーと過去になにか関係があったという予想。しかも知り合いや友人といったレベルではなく、ただならぬ関係。

「君、この前ソーと食堂に来てたでしょう。もし恋人同士であるのなら教えてあげようと思って。…君もいずれソーに捨てられるよ」
「…も、って事は…」
「うん、僕中学部の頃、彼に捨てられたんだよね」

目の前の彼もソーやシノと同い年であった。捨てられたというその声に悲しみは見られない。悲しんでるフリをしているだけで、実際は気にしてもいないのだろう。身振り手振りでおどけて見せる男に、シノは今いい気がしない。

「…それで、俺にそれを教えて何を期待してるの?俺がソーに捨てられること?」
「べつに?なーんにも期待してないよ」

見知らぬ男に茶々を入れられて揺らぐほどシノのソーに対する思いは軽くない。なのにシノの胸の内には僅かばかりの不安が溜まった。

「朝からそんなことを言うためにわざわざF寮まで?Sクラスも暇なんだね」

男のブレザーについた科章は燃えるような赤色に今にも暴れ出さんとする、さらに濃い赤で描かれた魔神のシルエット。炎の魔神イフリートをモチーフに作られたそれは彼がSクラスの生徒であることを証明する。

「ふふ、じゃあ僕は遅刻してしまうからもう行くよ。またね、シノ」

突然やって来た嵐はシノの心を荒らすだけ荒らして颯爽と校舎の方角へ消え去って行った。
シノもその後を追って学校へ行かねばならないが、どうにもこの気分の悪さのままあの男の後をついて歩いて行く気にはなれない。シノは踵を返して、F寮の自分の部屋へ戻ることにした。



「…さぼり?」

男と話している内にすっかり登校時間になっていたようで、今から学校へ向かうF寮生たちに、すれ違い様なぜ逆走してるんだと疑問の目を向けられつつも鬼の恋人という理由から特に何か声をかけられる訳でもなくシノは最上階の自室へついた。
すると中ではソーがちょうど今起きたらしく洗面所から顔を洗って出てきたところにばったり遭遇、そして声をかけられる。

「…なに、機嫌悪いな」
「……」

金髪の綺麗なあの男は誰、中学部の頃どんな関係だったの、ソーは人嫌いのはずだろう、本当にあの男とセックスしたの、愛してたの、じゃあキスもしたの、俺がソーの初めてじゃなかったの、なんで今まで何にも教えてくれなかったの、
ソーに聞きたい事や言いたい事がたくさんあった。しかし言葉にする前に考え直す。
仮にソーがあの男と何かしらの関係を持っていたとしてもそれはシノと出会う前の中学部の頃の話。過去のことを責めても意味がないし、それをソーが自分に言いたくないのであればその意思を尊重するべきだ。それに文字通り過ぎたこと。

「ソーが今一番好きなのは誰」
「…いきなりどうした」
「いいから答えて」

大事なのは今、ソーがどう思っているかだ。
シノは眉間に皺を寄せ、ぎゅっと拳を握りしめソーの返事を待つ。

「…シノだけど」

ぶっきらぼうな返事であったが、それでもシノはほっと息を吐く。先ほど胸に溜まった不安がじわじわ溶けて消えていくのをシノは感じた。そしてそのままソーのたくましい胸板に顔を押し付け、背中に腕を回す。

「…ならいいの。俺もソーがいちばん好き。世界でいちばん大好きだよ」
「……まじでどうした」

なにより、一瞬でもソーを疑った事を恥じたい。
あの美しい彼と自分を比べて、勝手に優劣をつけた。自分みたいな平凡の落ちこぼれなんかより見た目麗しい彼を選ぶはずだと。ソーもいずれ自分を捨てあの彼を再び選ぶ日が来るのではないかと。

「…ごめんね。ソーには俺しかいないもんね」
「あ?なにいきなり可愛いこと言ってんだ」

パッと顔を上げてソーの胸の中でおどけるシノ。そんなシノの額にソーは軽くデコピンした。

ソーは束縛こそしないが、いつもいつもシノに言葉やスキンシップで愛を伝える。
その愛に慢心して、それを当たり前だと思ってはいけない。ソーだって人間だからいつか心変わりする時が来るかもしれない。でも今、ソーにはシノしかいない。これは慢心ではなく自信だ。

「お前も俺しかいないだろ」

脳がとろけそうな程熱烈な呼吸をもさせぬキスに背骨が今にも折れてしまいそうな程力強いハグ。これだけの愛を受け取りながら、この愛を疑う方がどうかしている。




「あ」
「あ」

その晩、シノとソーは大食堂に来ていた。ここを二人で訪れるのは二度目である。一度目はソーがミサカに暴行するトラブルがあったせいで食事出来なかったが、今日は周りがざわざわと騒がしいくらいで特に何もない。

食堂で働く愛らしい姿をしたフェアリーたちに二人がけのテーブルへ案内され注文した料理を待っていた時、フェアリーが食堂に訪れた客を案内したのか隣のテーブルに人の気配を感じてシノは顔をあげてそちらに視線をやる。そこにいたのは今朝の金髪の男で思わず声を上げた。

「あ、朝ぶり〜」

無視すればいいものを男はニヤニヤとニヒルな笑みを浮かべてシノらのテーブルへ近寄って来る。共にやって来た友達らしい連れはほったらかしのままに。

「ソーも、久しぶりだね」
「…誰」

シノに向けた笑みと同じような笑みのままソーに声をかける。ソーの返事はなんとも彼らしい冷たすぎる愛想のない返事であったが。
嘘か誠かは分からないが仮にも中学部の頃に関係があったのではないのかとシノは胸の内で考えた。しかし男の方もとくにそれを気にした様子はなかった為、大体返事の予想はついていたのだろう。

「…朝は忠告ドーモ」
「ああ、全然気にしないで。僕が君の為を思ってしただけの事だから」

嫌味で言った言葉にさらに嫌味で返してくる、嫌な男だとシノは思った。

「……ソーとのセックス、気持ちよかったよ」

シノのトンデモ発言に男は目を見開いて声にならない驚きを見せ、ソーは飲んでいた水が喉に詰まって噎せている。一部、近くに座っていてたまたまその発言が聞こえたらしい他の生徒達はギョッとした後好奇心からシノの次の発言に聞き耳を立てた。

「君、俺を二番目って言っただろ?それが本当かどうかは知らないけど、とりあえず今のソーの一番は俺なんだよね」

シノもここまで言うつもりはなかったのだ。
だがしかし、男の冷やかしのような態度が気に食わなかった。痛い目までは言わずとも少し懲らしめてやろうと思ったのである。なによりソーが絡んでいるのに言われっぱなしではいられない。

朝からほんの一時間前まで、今日一日二人は結局学校に行かず、寝室からも出てこなかった。つけられたばかりの首元のキスマークを見せつけながらシノは言った。

「それに、もし捨てられるってなったらそれはきっと俺じゃなくてソーだよ。俺、こんだけ愛されてるのに捨てられるわけないじゃん?」

言ってやったとシノは鼻を高くした。
向かいでソーはだから機嫌が悪かったのかとシノと男の様子を見ただけで察したようでため息を一つ。とんでもない修羅場に巻き込まれたものだと。

「…シノ、俺を捨てれんのか」
「うーん、当分捨てない」

なんだそれは、とソーは呆れながら笑った。シノの言葉を本気にしていない証拠である。
そしてすっかり蚊帳の外な男は拳を握りしめ悔しそうに肩を震わしていた。その端正な顔は眉間に何重もの皺が寄り、唇が切れそうになるぐらい歯を食いしばっていた。今にも噛みつかんとするような表情である。

「やだな、そんなに怒らないでよ」

朝、男に言われた言葉をそっくりそのまま返してやった。
自分より容姿も能力も劣るこんな落ちこぼれの平凡にここまで言われてさぞ悔しいだろう。シノは朝の仕返しが出来たと今にもスキップして空を飛びそうな勢いで機嫌がいい。対して男は今の自分が置かれている状況に我慢できなかったようで、一緒にやってきた友達を置いて食堂を飛び出して行った。きっとプライドも高い男なのだろう。友達が「カレン!」と名前らしきそれを叫んでその後を追いかけた。

「…おまえな」
「あ、運ばれて来たあ」

数匹のフェアリーが透き通った美しい羽を羽ばたかせながら皿に盛られた料理を運んで来る。
可愛い恋人の機嫌が治ったならまあいいかと、ソーはそれ以上この件について何も言わないことに決めた。

「美味しい〜」

幸せそうに好物のクリームパスタを頬張るシノに、ソーも笑みを零した。



つづく



……

金盞花の花言葉は「嫉妬」
金盞花の別名は「カレンデュラ」

小悪魔なシノを書きたくて書いた話ですが、うまく小悪魔感を出せた気がしません。





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