つめたい手
 

「今日は乗馬訓練をしたいと思います」

ルイスの高学部校舎は口の字型で、ぽっかり真ん中に空いた中庭はよく実習授業などで使われる。晴れた日の昼休みなんかは購買組や自炊組の生徒らがこの中庭で昼食を食べる中庭は学園の人気スポットの一つだ。

広さも高学部の全学年三百六十名、加えて五十名程の教師陣を全員集めてもまだ余りある広さだ。

その中庭の中心で六十柱のユニコーンを放しながら生徒に向けて授業の説明をするのはルイスの精霊学担当教師だ。
この日BクラスとFクラス約六十名合同で行われるのは精霊学の実習授業だ。普段は教室で主に精霊についての授業が行われるのだがこの日は実際に精霊に触ろうと言う。

「本日乗るのは馬ではありません、ユニコーンです。ユニコーンとはーー…」

一人一柱に当てられたユニコーン、個体によっては雪のような白だったり、毛艶が一段と良かったり、瞳の色や大きさ一つ違ったり、外見は様々で精霊にも個性があった。しかし共通しているのは馬の体と額に生えた体長の半分程の長さの凛々しい角である。

シノは自分に当てられた自分と同じ赤茶色の毛を持つユニコーンを撫でた。とても人懐こい愛らしい精霊である。
今日も今日とて旧広場で休んでいるであろうソーは今、この場にはいない。

シノは教師の指示通りユニコーンに跨った。




ピンポーン、とF寮最上階唯一の部屋のインターホンが鳴った。
リビングのソファで埋もれるように寝ていたソーは一度目のそれでは起きず再度インターホンが鳴る。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポン、ピンポンピンポンピンポン……

玄関の外にいる相手は応答のない部屋の主に痺れを切らしインターホンを連打する。それでようやく眠りから覚めたソーはその騒音に腹立てながら玄関へ向かった。

時間はまだ昼前である。シノならまだ学園で授業を受けているはずだ。誰が何の用でこの部屋まで来たのかは知らないが顔を見せたその瞬間殴ってやるとソーは心に決めて扉をあけた。

扉をあけた先にいたのはシノをおぶったケット・シーだった。猫の手はインターホンに重ねられている。
いつもの小さな体ではない。子供ほどの大きさになったケット・シーは白い靴下を履いたような手足でしっかりシノを背負い二本足でそこに立っている。目の前の奇天烈な光景にとりあえずソーは先ほどまでの企みを捨てた。

「うにゃあ」
「は、なに、シノ寝てるのか?」
「ん、あー、ケット・シーあんま動かないで、しぬ」

ケット・シーのふわふわの長毛に顔を埋めて眠っていたように見えたシノだが起きていたようだ。
巨大化したとはいえそれでもシノよりかは小さい体のケット・シーは自分の背中で身じろぐ主人を早く下ろしたいようだがその主人がそれを許さない。
ソーはとりあえずケット・シーをリビングへ誘うとケット・シーはシノに衝撃を与えないようソファにうつ伏せになった。シノはケット・シーの背中からごろんと降りてソファへ寝そべる。待ってましたと言わんばかりにケット・シーはぼわん、と音を立ていつもの姿になった。

「どうしたんだ、何があった」
「…精霊学の実習で、ユニコーンから落ちた」

ソファで寝転がるシノの頭元にソーは腰掛けながらこの事態の発端を尋ねる。

「怪我は」
「腰が痛くて動けない…」

シノはユニコーンに跨がった後、思ったより足が地面より高い位置に浮いて吃驚した。その調子でバランスを崩し落馬した。後ろへ倒れるように落ちてそのまま臀部を思い切り打った。その痛みが腰にも響いて歩けない、動けないとソーに説明した。

シノには保健室へ連れて行ってくれる友達もおらず、教師も一人しかいなかった為、教師が怪我をしたたった一人の為に約六十名の生徒と精霊を置いてその場を離れる訳にもいかず、シノはなんとかケット・シーを召喚してここに帰ってきたのだ。

「散々だな、湿布貼るか」
「ん、貼ってえ」

シノもソーも治癒魔法は使えない。一般の治療法を用いることにした。
先ほどまでソーが寝ていたその場所はまだほのかに温もりが残る。そこに身を全て預けるようにシノは寝転がり服をめくって背中を見せた。
ヒンヤリと冷たいソーの手が腰に触れ、次いで痛む場所に貼られる湿布の冷たさにシノは鳥肌がたった。

「ソーの手つめたい」
「手が冷たい人は心が暖かいって言うだろ」
「どの口が言うの」

軽口を叩いている間にシノの腰に湿布は貼られソーは貼ったその上をぺちんと叩く。

「ありがとー」
「ん」

ごろんとうつ伏せになっていたシノは腰に気を使いながら体勢を変えて寝転んだままソーと向き合う。

「さっきまでここで寝てたでしょ」
「ケット・シーのドアベル連打で起こされた」

ソファにしっかり残っていた温もり。
シノには無理やり起こされてイライラして起きたんだろうなあということまでお見通しである。

シノは片手を伸ばしてソーの手を握る。

「…手はそんなにあったかくない」

先ほどの言葉を繰り返すようにもう一度呟く。ソーに向けて放った言葉ではなく、ソファに残る温もりと比べての自分の中のひとつの疑問として口をついた言葉だ。
元々ソーの体温は低めでシノはいつもソーにその冷たい指先で突然触られると驚かされるのだ。

「シノが手握っててくれたら冷たくなくなる」
「じゃー…ベッドいく?」

横になったまま、目線の位置が上のソーを見上げるシノの言葉に手を握るだけでは済まさない、ソーは心を決めて返事の代わりに握られた手を持ち上げてそのままシノの手の甲にキスを落とす。

シノの誘いはセックス目的ではなく、手を握るのに自分はソファ、ソーはそれに付き添うように床に膝立ち、この体勢でいるのは少し申し訳ないと思った為の提案である。
ベッドならお互い横になったまま手も握れる、ソーはもう一度昼寝をできる、と考えた結果だ。

しかし誘い方が悪かった。
シノが痛めていた腰をさらに痛めたことは言うまでもない。





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