軍人というものはいつ出動要請が掛かるか分からない組織である。
たとえソーが軍でたくさんの功績を残した実力者だとしてもそれは当てはまる。
いくら副官に処理を任せようと他の師団に仕事を回そうとも、世間で事故や事件が起きる限りソーも軍人である内は出動しなくてはならないのだ。
軍人たちは二日三日寝無しも当たり前である。
召喚したクー・シーが逃げ出した、魔力が暴走した男が街で暴れている、など小さな被害から大きな被害まで市民からの要請があれば朝昼夜関係なく出動する。魔力保持者が集められたミサカの第一師団やソーの第二師団は特に大忙しだ。魔力が絡んだ事故や事件は魔力保持者にしか解決できない。
今回、本部に市民より通報が入り第二師団は現場に向かえと駆り出されることとなった。
何でも、通報者が魔力の込められたアクセサリーを紛失したらしい。もし一般人がそれを拾ってしまっていたらどんな事態が起こるか。一般人には手に負えないそれをどうにかして見つけ出して欲しいという何とも無茶な通報が本部に入ったのである。
第二師団の軍人たちにとっては前の現場が解決し三日ぶりに家に帰れると喜んだ矢先の出来事だ。かなり落胆したが仕事柄それは仕方ないと弁えている。そんな事よりと気にするのは我らが団長の機嫌であった。
普段から常に不機嫌状態の人が一日目の現場が長引いてしまったため徹夜で処理に当たったのだ。
彼らの悪夢はそこから始まった。第二師団は師団の中でもまたチームを組んで行動している。その日団長と同じチームだった団員は凶暴化した精霊より恐ろしかったと述べた。そんな日が二日、三日と続いて団員たちのストレスはピークに達していた。凶暴な聖霊より、凶悪な事件より恐ろしい人と三日間朝も昼も夜も一緒だったのだ。
やっとそれから解放されると思ったのに、第二師団員たちは一同に肩を落とした。
第二師団基地に重たい空気が流れる。特に副官のナグサは上司の機嫌と部下たちの気の毒さに挟まれ押し潰される勢いだ。
「……俺一人で処理する、お前ら帰れ」
なんとその沈黙を破ったのはソーである。
機嫌の悪い少将にそんなことさせられない、シノさんに会えなさすぎて団長はおかしくなってしまったのか、もしや明日、いや早くにも今夜には槍でも降るのか、などなど団員たちの心の内は様々であるがその言葉に甘えて帰りたいというのが全員共通の本音である。
ソーの言葉は耳を、もしくは本物のソー・カーライルの言葉なのかと疑うものだった。全員が、ナグサでさえ驚いてその言葉に誰も返事を返せない。先ほどとは違った沈黙に包まれたこの場からソーはさっさと荷物を持って現場へ行ってしまった。
「…少将、家出中とか」
「おい、滅多なこと言うんじゃねえよ」
「シノさんになんか怒られることして家に帰れねえんだよ、じゃないと少将のあの行動は説明できねえ!」
ソーのいなくなった場で、ソーは散々な言われようである。
団員たちはその後ナグサが止めるまで二人の喧嘩の理由をあれこれ勝手に想像しながら話を膨らませていた。
「へえ、だから四日も帰ってこなかったの」
氷魔法を得意とするソーが生み出す氷より、さらに冷たい風を二人の愛の巣に吹かせるシノの言葉に、珍しくソーはたじたじであった。
「…一応、連絡はしたろ」
「メールだけじゃん!しかも『帰れない』って一文だけ!いつまで帰れないのとか、もしかしたらなんかあったのかとか、かなり心配したんだよ?!」
ソーの言い訳じみた言葉にシノの怒りは爆発である。
仕事で疲れているだろう夫を部屋にも入れないで玄関で怒る妻。この四日間シノは気が気でなかったのだ。一日目の朝、いつも通り二人で仕事に出るまでは普段となんら変わらなかったのに、その日の夕方ソーは八時を回っても帰って来ない。代わりにシノの元に届いたのは一通のメールだけ。
その日の夜、大きなベッドで一人淋しく寝たのはとても虚しかった。
二日目の朝、起きてもそこに愛しい人はおらず、夜も帰って来ない。連絡の一つない。三日目もそのような感じで四日目の夕方、やっと帰ってきたと思ったら第一声が「ただいま」だった。シノの怒りも当然である。
「もっと連絡するチャンスとかあったでしょ!…もう帰って来ないのかとまで思ったんだから」
「んな訳ねえだろ、心配かけたな、悪い」
「…さわらないで」
膨れっ面で怒るシノを子供を宥めるようにヨシヨシ撫でてあやすソー。
本当は無事帰って来てくれただけでシノは空を飛びそうな程嬉しいのだがあれだけ怒った手前素直になれない。思ってもない事を拗ねたように呟いてしまう。
しかしソーはシノのそんな心の内を分かっているのかさらに抱き締め頬を摺り寄せる。
「やだ、ばか、ソーのばか、いたいし、ひげちくちくする、それにくさい」
「四日まともに寝てねえし食ってねえ。風呂も入ってねえから、とりあえず今から二人で風呂な」
その後はお前の美味しい飯食って、一緒に寝よう。
気の早いソーは玄関でシノの上着を脱がせにかかる。
「…ほんと、こまった旦那さんだ」
目の下に濃いクマを作っても、無精髭を生やしても、四日風呂に入れずに不潔でも、格好いい。外見が、とかそういう問題ではない。これが惚れた弱味というものか。
シノはため息を一つ吐きたくなったが、それを我慢して代わりとばかりにソーの伸び放題の髭に触れるようにキスをした。
「…やっぱり、ちくちくする」
……
シノにちくちくするって言わせたいだけの話