突然言葉を発するのはシノだった。
「ソーってねえ、すっごくかわいいんだよ」
珍しくこの日ソーは散歩してくるとかなんとか言って部屋にはおらず、F寮の最上階の部屋にいたのはシノとシノの精霊のケット・シーだけ。この部屋に客人など万が一にも来るわけもなく、完全に人一人、精霊一柱の室内。
リビングのソファにべったり背中を背もたれに預けて座って語りかけてきた主人を視界の端に入れながら、主人が座るソファで同じくぐでーんと降伏のポーズでくつろいでいた時だった。ケット・シーの主人、シノが馬鹿なことを言い出したのは。
ーあのタルタロスがかわいいだと、ばかな主人め、あの男をかわいいだなんて。
いくら恋人同士とはいえ気でも触れたか主人よ。あの男をかわいいなんて言うのはこの世界でも主人だけだろうよ。
なんて、人語を理解できる賢い猫の精霊ケット・シーは心の中でにやけただらしのない顔で惚気る主人にこれ以上なく毒づいた。
そんなことも露知らず、シノは惚気を続ける。
「寝てる時にね、寝息をスースー立てて寝てるのすっごいかわいいくて。でも寝相は悪いところとかたまんないんだあ。いっつも寝ぼけながら俺に引っ付いてきて、足まで絡めてくるんだよ。それでひっくい声でシノ〜って呼んでくるとこがまたかわいくてかわいくて」
ー知っているぞ、主人よ。
寝ながらでもあんな甘い魔力を垂れ流せるのはタルタロスと主人くらいだ。
毎日毎日飽きないものだな。無限魔力製造機なのか?
ケット・シーはしっぽの先をゆらゆら揺らしてシノの惚気を右から左に受け流す。
「それにね、ソーってたまにかなり機嫌がいい時があるんだけど。その時の声もかわいいんだよ。
いつもはただの低い声なんだけど、その時は声がかなり柔らかくなって、俺に甘えてくんの。
なんか、変なもの吸ったんですかー?、って言いたくなるくらい。たまーにしかそんな声聞けないから、余計かわいくって」
ーそれも知っているぞ、主人よ。
ただでさえ普段から主人にだけ対してスキンシップが多いあのタルタロスがマタタビにやられた我輩みたいにごろごろと主人の膝を枕にしたり、ふわふわの髪にすりすりと頬を擦り付けマーキングみたいな真似をするのを。
そう言えばこの前は座って勉強していた主人を後ろから抱きしめてひたすらなにが美味しいのか頸をはむはむしていたな。
「は〜〜…、なんでソーってあんなかわいいんだろ…すきだぁ…」
天井を仰いでじわじわと込み上げてくる感情を押し込めることなく自然に吐き出すシノの瞳はうっとりしていて、その姿は魔物に魂を吸い取られているようにも見える。
ソファの背凭れにぐでーんと背中を預け蕩けるシノ。シノにとって他にもたくさんあるソーの可愛いところを全てあげていけばキリがない。誰かにこの惚気を聞いてほしいようだが生憎シノに友人と呼べる存在はいない。虚しいことにソー以外の話し相手はケット・シーだけになってしまうのだ。
そんな数少ないシノの友、ケット・シーはペロペロと猫の手を舐めながら思案した。
ー知っているか主人よ。
実は主人がタルタロスがかわいいんだと語り始めた時にちょうどタルタロスが帰って来ていたのを。
そして今まで我輩に語っているつもりだっただろうそれら全てを面白がって影にこっそり隠れていたタルタロスに聞かれていたことも。
ほら、主人の後ろで悪さを企む悪魔みたいな顔で今も笑っているんだぞ。あの手に捕まればきっと主人なんてひとたまりもないんだぞ。
それに見ろ、主人とは比べものにならないくらいの、とんでもない量の甘美な魔力を放水中のダムみたいに垂れ流しているんだぞ。
知っているのか、主人よ。じゅる。