式前日
 

サフランが魔王城に拉致されてやって来て早二日。
何故かバロックのプロポーズを受けたと勘違いされたままのサフランは王妃待遇とは名ばかりの監禁生活を強いられていた。

日に三回の食事と深夜三時のティータイム、お昼寝付き。
偏食のサフランには城の食事は口には合わないし、魔王交代によりドタバタしている中、前魔王派の魔族が変な気を起こしてはいけないからとサフランは外には出てはいけないし、サフランは暇なのである。

スッキリ整理整頓された王妃の間はサフランが暮らして来た小屋が三つはすっぽり入りそうなほど広い。高い天井からは宝石が散りばめられたシャンデリアがぶら下がる。

常人からすればサフランの元いた小屋より今の部屋の方が居心地がいいのだろうが、サフランは綺麗すぎるこの環境に居心地悪さを覚えていた。魔術書もない、可愛い魔獣たちの内臓もない、大好物の毒蛙ドリンクもない、魔族召喚もバロックに禁止されている。
とにかくとにかくサフランは暇だった。

「ああ、そこにいるのは僕の七番目の愛息子、ロマネじゃないか。ちょうどよかった、宝物庫がどこにあるのか教えておくれ」

このつまらない空間から抜け出そうとサフランは王妃の間の荘厳な扉を押し開ける。すると廊下には壁に凭れて立つ男が一人がいた。

翡翠色の髪を肩にかかる程度まで伸ばし、肌は白磁を溶かしたように白い。腕には爬虫類を思わせる禍々しい藍色の鱗。ロマネと呼ばれたこの男もバロックほどではないが当然サフランより身長は高く、中性的な美しさを併せ持つ。過去にサフランが召喚し魔王城に送った魔族である。

「久しいですねサフラン。ちなみに私は貴方の二番目の息子ですよ。七番目は今、人間の国を落としに遠征へ出ています。
…大方、財宝を盗んであのボロ小屋に帰るつもりなのでしょうが諦めて部屋にお戻りください」

ちくちくと節々に棘が見られる言葉でサフランを責める。その声まで中性的だ。

「ボロ小屋とは失礼だな、あそこはお前の実家でもあるんだぞ。僕に非礼を詫びてさっさと宝物庫へ案内しろ」
「住んだ記憶はないですけどね。残念ながら十二番目…魔王から貴方をこの部屋から出すなと命を受けています。欲深な心は捨てて部屋で大人しくしていなさい」

宰相の私が何故こんな下級兵でも出来る任務をしなければ…とロマネは愚痴をこぼしながらサフランを部屋に押し込んだ。

しかしそこで抵抗して見せるサフランは小さな体を重たい扉に挟む。平凡の必死の形相はなんとも美しくないとロマネは内心ドン引き。

「ほお!おまえは宰相になっていたのか!素晴らしい、知っていたら前の魔王からさらに報酬を頂いてやったのに」
「魔王の生前はよく貴方に対しての愚痴を聞かされていました。“サフランは褒美をやってもやってもさらに求める。あの小さき体より大きな強欲は一体どうなっているのだ”と」
「馬鹿を言うな。僕の仕事の対価はそれ相応払ってもらわねば。後、僕は小さいんじゃない。おまえたちが大きすぎるだけだ」
「ほう。その言葉は充分に報酬を支払わなかった魔王への恨みからの今回の魔王暗殺にいたった動機ともとれますね」

強欲でずる賢いサフラン、頭の切れるロマネには口では勝てなかった。
確かに十一番目、バロックの前に召喚し送った魔族の分の報酬の質が良くなかった。もしバロックの分の報酬も質や量に問題があれば魔王の大好きな、城にストックしてあるニンゲンの女を百年オークに変える魔法をかけてやろうと思っていたところではあった。
しかし例え質や量は悪くても魔王は報酬をくれる。ゼロより一がいいのは当然。誰がいい金蔓を殺すものかとサフランは思う。

サフランは王妃の間の重たい扉と扉の隙間に挟まれながらロマネに反論した。

「信じてくれ、僕はバロックに魔王暗殺を指示なんてしてない」
「容疑者は皆そう言いますよ。でもいいじゃないですか。貴方は明日には新しい魔王の妃となるのだから、皆新しい魔王に夢中で貴方が先代魔王を裏切ったことなんて誰も興味はない」
「裏切ったもなにも、僕は最初から関与してないと言ってるじゃないか!無実の魔族をこんな風に城に幽閉しておまえらには良心と言うものがないのか」
「何が不満なんです。美味な食事に生活しやすい環境もある。魔王の妃になれば前魔王暗殺の罪にも問われない」

なんと悲しいことか、二番目の息子は僕が本当にバロックに魔王暗殺を嗾けたと思っている。もしくはそこをつついて僕に結婚の話を認めさせる算段なのか。
絶対に結婚はしない、魔王の妃になんかならない、平和な魔の森に帰って魔獣の内臓に囲まれて毒蛙ドリンクを飲むのだと決心してサフランは挟まっていた扉から抜け出して廊下に出た。

「僕は絶対に結婚なんかーー」
「なにより結婚すればこの城の宝物。金銀財宝は全て貴方のものにもなる」
「する。結婚する。僕はバロックの妻になるぞ」

ロマネに遮られた言葉は一転して変わり、あれだけ抵抗して口うるさく文句を言っていたのがまるで嘘のような手のひら返しをして見せた。

「明日と言わずに今すぐ式を挙げたいな」
「ちょろいですね貴方」





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