困らせる人
 

彼の笑顔はいつも困っているようだった。
形のいい眉はいつも八の字で、息を一つ零して笑う。口癖は「仕方ないなあ」だ。

親同士仲が良くて昔から俺のもっぱらの遊び相手は京だった。
親の手を煩わす程の人見知りで生意気な子供だった当時六歳の俺は学校でもそんな調子だったせいで友達なんか出来るわけもなく、それを心配してか向かいの家に住む中学二年生だった京は学校が終われば毎日俺と遊んでくれた。

『きょうちゃんもう帰るの?もっと遊んでくれないといやだ』
『でももう九時だよ?ゆき君お風呂入って寝ないと』
『じゃあ一緒にお風呂はいろっ、きょうちゃん泊まって行ってよ!』
『えー…仕方ないなあ』

俺の家で遊ぶ度に、夜遅くになってそろそろ帰ろうとする京をワガママ言って何度も引き止めた。

『あっ、きょうちゃんおかえり!ねえ、今から遊ぼう?』
『ゆき君…ただいま。でも僕これから友達と遊びに行くところで…』
『やーだぁーっ、きょうちゃんと遊びたい遊びたいっ』
『ゆ、ゆき君泣かないで、ああ、困ったなあ』
『いいよ京、お前とは俺いつでも遊べるし。また今度にしよう。今日はこの子と遊んだれって』
『ごめんね、弓越。…ゆき君、僕と遊ぼう?だからもう泣かないで?』
『うん、泣かない!なにして遊ぶっ?』
『…ほんと、仕方ない子だなあ』

俺が学校に慣れて来ても、同級生らとは遊ばずに京の家の前で待ち伏せして、帰って来たところを遊びに誘うのもしょっちゅうだった。
高校二年生という一番楽しい時期を過ごす京、もっと友達と遊びたかっただろうし、彼女もいた時期もあった。けれど俺は京の都合関係なしで、ワガママ言いたい放題。京の優しさに甘えて京の時間を毎日毎日独り占めした。

それは六年経った今も変わらない。

「あ、京。オカエリ」
「…ただいま」

社会人になって一人暮らしを始めた京。
京の帰りをほぼ毎日京の部屋で待つ健気な俺。

俺よりずっと大きかった京の身長は俺が中三の頃にあっという間に追い抜かした。
俺の筋肉の付きが良かったのか、元々京が男にしてはひょろい方だったのか、多分両方だけど体格も俺の方がいいし、小さい頃から整っていた容姿も成長するにつれだんだん堀り深く男らしい顔立ちになっていった。

しかし俺の見てくれがどれだけ変わろうとその中身は変わらない。俺のワガママ気質はそのまま、むしろ成長と共に磨きがかかったように思う。

「ゆき君、僕明日も仕事…」
「関係ねえよ。京、俺お腹すいた」
「…もう。仕方ないなあ」

何でいるの、帰って欲しい、と明らかに表情に出ている京、ーいや、俺がかすかな京の表情の変化をすぐ見抜くのかーとにかくどれだけ仕事で疲れていようとお構いなし。俺は京と一緒にいたいのだ。
小さなワガママもあっさり通る。今まで京は俺のお願いを断った、断れた試しがない。

京が作った和食の晩御飯を二人で食べる。
昔の俺は京と食べれるのが嬉しくて賑やかな食卓になっていたが今は静かだ。
空気が重いだとかそんな事はなくていつのまにか食事中は喋らないようになった。

食事が終わればいよいよいつ帰るのという京の眼差しは強くなる。
チラチラと何度もこっちの様子を伺って眉を八の字に下げる、困ってる時のいつもの癖を見せる。
性格上ハッキリと物事を言えない京はいつも相手が動くのを待っていて、決して自分からアクションを起こさない。

「きょーう、一緒に風呂はいろ」

俺はそんな京の気持ちも無視。
京も京で、俺がわざと京のその気持ちを無視しているのを分かっているのだから少し強めに帰れ、と口にすればいいのに。そしたら帰ってやらないこともない。まあ多分帰らないけど。ああ、そこまで京には俺の気持ちはお見通しと言うことだろうか。

「男同士でなに言ってるの、早くはいってきなよ」
「昔は毎日一緒に入ってただろ、今更」
「あ、こら。もう…」

半ば強引に京の部屋着を脱がせにかかれば京はすぐに降参。抵抗らしい抵抗を見せずに俺にされるがままだ。
京と俺の二人分の服を整理整頓された床に脱ぎ捨て素っ裸のまま風呂にいく。
元々二人で入るつもりだったから湯は晩ご飯を食べる前に張っておいた為すぐに入れる。

「ほんと、ゆき君昔から強引。おっきくなってちょっとは成長してくれるかと思ったのに」
「お前は俺の親かよ」
「似たようなもんだよ、僕は二人に『幸臣のことよろしくね』って頼まれてるんだから、もう親も同然」

二人で風呂の中で足を山型に曲げて、その山を四本重ねて縮こまるように向かい合って湯につかっていた。
ただでさえ狭い風呂が男二人入ることによりさらに狭苦しくなっている。

「…もっかい、幸臣って呼んで」

そして京が言った二人とは言わずもがな俺の両親である。昔から親より京を選ぶ薄情な俺を心配して京によろしく頼んでるようだ。

俺は京との距離をさらに縮めようとぐっと京に詰め寄った。
ぴたりと肌と肌が密着する面積が大きくなる。京は一気に顔を赤くし息を呑んだ。

「や、ち、かいよ…っ」
「今更じゃん?」

逆上せているのではないそれにどんどん俺の機嫌はよくなる。
口で抵抗するぐらいなら身を捩るなり、俺を突き放すなりすればいいのだ。

大方、年上だから、弟同然だから、そんなくだらねえ理由が京の心の中にあるのだろうが俺には関係ないし、確信をもって京も俺の事が好きだと言える。

「ん、ふ…っぅう」
「…ん、…呼んでくんねえともっかいキスするけど?」
「ゆ、幸臣…っ」

口内に舌を捻じ込ませ蹂躙する。京の息を奪うような激しいキスで責めれば京はすぐに呼吸を乱し肩を上下させ、俺の言葉に慌てて返事する。

八つも年上で、俺と同じ男、しかも小さい頃から世話になってる人。
その人が小さい頃から世話して来た八つも年下の、男の俺にキスされて、形のいい眉を八の字に歪めている。
困った時にはいつもその顔になる、さらに頬を林檎のように真っ赤にして涙目になった京のその姿と、俺の名を紡ぐその声に俺が冷静でいられる訳がない。

「んむ、ふぅぅう」

水が勢いよく跳ねて俺や京の髪と体を濡らす。そんなことお構いなしにさっきより荒く激しいキスをしてやった。

「…ハァ、ほんと、かわいい」
「も、もっかい呼んだらキスしないって…っ」
「キスしねえとは言ってねえよ」
「へりくつばっか言って、もう」

今にも唇が触れそうな距離で互いの髪に触れながら喋る。

「風呂上がったら、キス以上のこともしたいんだけど」
「…僕が嫌だって言っても、幸臣はいつも無視する」
「よく分かってんね」

白磁のように白い滑らかな頬をぷくりと膨らませ拗ねたように言う京。その頬に触れるだけのキスをして早く風呂から上がろうと促す。

「ほんとうに、仕方ないなあ。もう」

その口癖は、自ら行動を起こさない、言葉にしない京の最大限の甘い返事なのだ。
本当は俺が好きなくせに、意地を張って愛を囁かない京なりの愛の言葉で、受け入れの言葉。
今はまだ、それで許してやっている。





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