ヤンデレ893×依存平凡
 

893 × 平凡 / 年の差

「依さん、依さん」

譫言のように繰り返されるその名は今ここにはいない男のものだった。
男を呼ぶ声は今にも消えてしまいそうなほど細く切ない。

「依さん、依さん」

十五かそこらの少年は大理石の玄関に腰を下ろしてこの家の主を待つ。
男は自分をこの家に閉じ込めてもう一ヶ月も帰って来ない。命を常に狙われているような危険な仕事をしている人だ。毎日毎日ここへ帰ってこれる訳がないのは承知している。しかし帰れない時は彼から連絡があったり使いの人間がやって来たりする。連絡も何もなしで一ヶ月も帰らないのは今までになかった。

もしや、自分は捨てられたのだろうか。
あの時のように置いて行かれたのだろうか。

一度心を過った不安の種はだんだんだんだん大きくなり少年、奏太の心を支配する。冬を目前にした寒い寒い晩秋、すっかり冷え切った玄関に長時間座り込んでいた奏太の体は完全に冷え唇は真っ青、手足は震えていた。

家族に捨てられた五年前のあの日。
借金に追われた両親は弟だけを連れて木造のボロアパートにゴミと奏太を残して出て行った。

寝て起きたら誰もいなくなっていたあの冷たい部屋から奏太を出してくれたのは依だった。
彼は暴力団幹部で、家族が奏太を捨てた日から二日後、借金の取り立てにやって来たのだ。

「捨てられたのか」

テレビで見る俳優なんかより迫力があってかっこいい。幼い思考で奏太はそう思った。
男のその言葉に、散々泣いた奏太は家族に捨てられたと認めたくなくて噛み付いた。きっと出掛けてるだけでもうすぐ帰って来るもん、父さんと母さんが俺を置いて出て行くわけない、と泣き喚いて物理的に男に噛み付いたのだ。嫌なことばかりを囁くその厚みのある唇に。

その時、奏太は兄貴に何をするんだとキレた依の子分たちに殴られ、蹴られた。しかし当時の依は奏太を咎めることはせず、彼がいくつか持つマンションの中でも一番高層の、一番広い最上階の部屋に閉じ込めたのだ。

五年という月日はあっという間に過ぎ去り子供だった奏太に家族に捨てられたという事実を受け止めさせ、依を慕うようになるまでに至った。


「カナ、起きろ、カナ」

低い腹に響く心地いい声が奏太を夢現から現実へと引き戻す。

「あんなところで寝るな、いつからいた」

言葉を紡ぐのがあまり得意ではない依。言い方が不器用なのだとよく評価されるが、その不器用な言葉の中には優しさしかないことを奏太は知っている。同じ年頃の子らに比べて小さなか弱い体を心配しての言葉だ。

「依さん、依さん」
「なんだ」

自分を暖かい空調を効かせたリビングへ連れて行ったらしい黒のレザーのソファに腰掛ける依の胸の中に目覚めると収まっていた奏太。そのまま細い腕をその古傷だらけの逞しい首に伸ばすと依は奏太が抱き締めやすいように上半身ごと寄せてくれる。

「ひどいよ、一ヶ月もほったらかしで。寂しくて死ぬかと思った、捨てられたのかと思った」
「…馬鹿を言うな」

依はその太い腕力いっぱい小さな奏太を抱きしめる。奏太の心に溜まっていた数時間前の不安は影すら見せず一瞬で消えた。

「…ただいま」
「んふふ、おかえりっ」

そして一回りも年下の少年に依は熱いキスを与える。

人を傷つけ殺めたこの手で奏太を抱きしめ、人を脅したこの口で奏太にキスをする。

奏太はなにも知らなくていい。
その瞳に自分だけを写して、その耳で自分の言葉だけを聞き、その口は自分の愛に応える言葉だけを紡げばいい。
奏太の身も心も、文字通り全て依のものだ。

奏太を捨てて逃げた両親を苦しめる為様々な拷問に掛けた後、瀕死の状態の二人をドラム缶に詰めコンクリートを流し固めて遠くの海に沈めたことも

残った弟には情けを掛けてシャブ漬けにして娼館に引き渡してこれから一生をかけて借金を返してもらうことも

五年前のあの日奏太に手をかけた子分たちをペンチで一枚一枚手と足の爪を剥いて二度と外を歩けない何も持てない体にしたことも

奏太は何も知らずただ俺に愛されていればいいのだと依の腕の中で嬌声をあげる奏太の頭をさらりと撫でた。


ヤンデレ893 × 依存平凡





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