天邪鬼たち
 

今日や明日の俺は過去の自分を日を追うごとに増して嫌いになっていく。

あの頃の俺といえば数学の勉強だけがお友達で、容姿にも無頓着で陰気だったからか、スクールカーストの底辺だった。

あまりとかない髪は元々の癖毛も相まって鳥の巣みたいにボサボサだし、文字をやたら至近距離で見る癖のせいでとことん落ちた視力。それを補うのにかけてる眼鏡は分厚いフレームの瓶底眼鏡。自信なさげな猫背に、とにかく欠点を上げていけばキリがないほどだった俺は小中といじめられっ子だった。1つ年上のいじめっ子になにかとからかわれて泣かされた思い出いっぱいだ。

そんな思いはもうしたくないと高校からは全寮制の男子校に受験して見事合格。それを機に俺は芋臭い自分から中学と同時に卒業することを決めた。

中学卒業から高校入学までの間の春休みの間に、まずは眼医者さんに行ってコンタクトを作った。その時までは目に異物なんてとんでもない、絶対入れてたまるもんかと意固地になってたけど実際入れて見るととても簡単で、なにより視界がぱあっと軽くなったような気がした。

次に行ったのは美容室。いつもは理容室に行っていて美容室を利用するのは生まれて初めてだったが、担当してくれたオネエ気味のお兄さんが「あらっ、なんて頭なの!え?おまかせ?アタシの好きにしていいの?任せて、絶対なんとかしてあげるから!」「やだ!前髪切ったらイケメン出てきた!ねっ、髪も染めよ!いや、染めるわね!気合い入るわ〜」と張り切ってくれたおかげで重苦しい印象の黒髪はハイライトを数束含んだアッシュベージュの髪色に変わり、耳やうなじに少し掛かる程度まで切ってもらったことでさっぱりとした印象になった。

そしてこれはたまたまだがちょうどその頃に膝の痛みとともに身長が伸びて俺の視界…いや、世界は広がったのだった。


「見て、茅屋(かやや)様がいるよ!今日もかっこいい…」
「ほんとだ。一度でいいから抱いてくれないかなあ…」

見事、そんな高校デビューを果たした俺は早くも高校生活1年が過ぎ2年に進級してなんと生徒会の会計になっていた。友人とはまた違う、俺のことが好きな人たちの集まりもできたりして、俺はこの新天地で華やかな高校生活を送っていた。

「茅屋。悪いがこれを届けてきてほしい」
「は〜い、かいちょ」
「返事、のばすな」
「ごめんなさあい」

会長席からクリップした書類の束をこちらに手渡す会長…矢敷(やしき)さんはなんと抱かれたいランキング堂々の1位だそうで。ちなみに俺は3位。だから生徒会に選ばれたとかナントカ。
俺の返事にしょうがないな、って感じで息を吐く会長。見れば見るほどかっこよくて惚れ惚れする。俺も抱かれたいランキングはこっそり会長に投票した。面白半分だけど、もう半分は本気。

実は1つ年上の矢敷会長と中3だったあの芋かった頃の俺は一度会っている。受験するのに願書を提出しに来た日、広過ぎる校舎内で迷子になっていた俺を助けてくれたのだ。別れ際「受験生?頑張って。君が入学するの、楽しみに待ってる」って笑う姿と優しさにもう一目惚れ。そっから一途に会長だけを想ってる。健気か俺。男同士って偏見なんて秒で捨てた。

でも、今の俺には会長にあの時助けてもらった陰気だった受験生です。なんて告白する勇気はない。可愛い系の男の子たちにきゃあきゃあ言われて高嶺扱いされてる俺が今一番嫌いな人間が過去の俺だ。会長だけどころか、みんなに知られたらと思うと心臓がきゅっとなる。いじめられた嫌な過去と一緒にこの世から消し去ってしまいたいくらいだ。






「げっ、これあいつ当ての書類じゃあん…」

好きな人こと会長に頼まれたからと浮かれてその書類をよく確認していなかった。手渡されたそれは風紀あての書類。俺にはこの世で2番目に嫌いな人間もいる。その人間こそ、これから向かう風紀委員会室の主、令堂(れいどう)と言う男だった。


「お、芋屋か。めずらしーな」
「いもやってよ、ぶ、な!」
「おー。悪い悪い芋屋くん」
「こんの…っ」

生徒会室を出て風紀室へ向かう。テキトーにノックして入るとよりにもよっていたのは令堂だけだった。何を隠そう、この男が小中と俺をからかい続けていたいじめっ子で、俺の華やかな高校生活の唯一の汚れ。
陰気な茅屋を誰も知らない場所だったはずなのに、1つ年上のこの男は一足先にこの学園に外部受験していたらしく「…え?おまえいもや?」と高校生活に少し慣れた頃声をかけられたのは記憶に新しい。なんで気づくんだよ気づくなよバカ。多分俺の「茅屋」って苗字は珍しいからそこからバレたんだろうけど。

「たしかに渡したからっ!」
「もう行くん?ゆっくりしてけよ芋屋くん」
「ウルサイウザイ!するわけない!なんでついてくんの!」
「どこ行こうが俺の勝手だろ。ああそうだ、憧れの矢敷には告白できたかよ?」
「んっとにウザ!余計なお世話っ!」
「おいおい俺いちおー先輩な?」
「あんただけは絶対に敬わないっ」

書類の束をばんと令堂の机に叩きつけるようにして渡すとすぐに居心地悪い風紀室から飛び出した。その俺に当然のようについてくる令堂。
しかもこいつは誰にも言ってないのに俺が矢敷会長を好きなことを知ってる。なんでも「見てたら分かる」らしい。事あるごとにこうやって冷やかしてくる。なんなのこいつ?対俺用に作られた嫌がらせ人間かよ。

さすがに高校生にもなって持ち物隠したり虫捕まえて見せて驚かせたりなんて幼稚ないじめはもうされないが、こうやって名前をもじって変なあだ名で呼んでくるのは変わらない。

「お、矢敷。…噂の転入生もいんな」
「は?!どこ!」
「あっこ。でも…まじで見れば見るほど昔のお前と転入生て似てんな」

別館校舎にある風紀室と本館校舎にある生徒会室。ふたつの校舎の間には中庭があって、俺が今歩いていた渡り廊下からはその中庭がよく見える。令堂の言葉に視線をやれば中庭のベンチに座ってスキンシップを互いに混ぜながら楽しそうに会話する矢敷会長と転入生こと家長(いえなが)の姿があった。

そしてなんといっても、家長は令堂が言う通り昔の陰気な俺にそっくりだったのだ。
手入れのされてないもっさりしたボサボサ頭に、まん丸なフレームの瓶底眼鏡。表情の変化なんて口の動きでしか分からないのにも関わらず彼はとても明るくて天真爛漫で、俺以外の生徒会のメンバーはみんな彼のことが好きなようだった。

少し経つと楽しそうな2人の輪に遅れて副会長や書記も混ざっていた。

(ふくかいちょも書記も仕事には来ないくせに…。かいちょだって、俺に仕事ふってソッコー家長のとこ行ったんだ…)

「〜っ、もう行くから!ついてこないでよ」
「あっ、おい」

ズンズンと早足で生徒会に戻る。
ついてくるなと言ったのは自分だけど本当に令堂はついてこなくて。

「ふっ…うぅ、っぐす」

ようやくついた生徒会室の扉を後ろ手に閉めてそのまま泣き崩れてしまった。大粒のそれが頬や制服、床を濡らしていく。
ガランとした誰もいない生徒会はやけに冷たくて暗い。それでも自分の会計席に戻れば見慣れぬ書類の山が出来上がってて、その1番上には「これも頼む。矢敷」と走り書きのメモがあった。

悔しくて悲しくてたまらない。
なんでみんな…会長はあんな容姿に気を使わない元気だけが取り柄です、みたいなあの子が好きなんだろう。絶対、今の俺の方がイイに決まってる。なのになんで仕事を俺にぶん投げしてまであんな子に会いに行くの?

答えは分かりきっていた。みんな、外見じゃないからなんだ。
行動力ある家長にみんななにかしら救われたり元気をもらったりしてるんだろう。だからみんな家長を選ぶ。

自分の正体すら好きな人に怖くて明かせない俺に嫉妬なんてする資格はないけど、なにより自分が腹立たしいのはそれでも今の俺が家長のような、昔の俺のような外見だったら、なんて希望にもならない希望を持たずにはいられない事だ。
でもまあ、見た目が同じなら、こんな捻くれた嫉妬ばかりの汚い感情を持つ俺に勝ち目はないし、こんな思考に堕ちてる時点で本当に情けないと思う。

ーーだから、陰気で惨めで、陰湿で。中身がなんも変わってない今の俺は、俺のことがほんとだいっきらいだよ。


泣いていても仕方ない、目の前の仕事は片付けないと。まだまだ切り替えられそうにない心境のまま会計席に座った。しかしそうは言ってもペンを握る手は震えるし視界はぼやけて文字は見えないし大事な書類を濡らしてしまう。

「ひっく、ふっ、ズビ、ぅう、ひっ」

泣きながら鼻水も垂らしながらモタモタ仕事をこなしていくチャラ男の図。まじみっともない。

ちょうどその時にガチャリ、と生徒会の扉が開いた。え、誰?と驚いて酷い顔のまま頭を上げるとそこにいたのは令堂だった。

会長が戻ってきてくれた?と希望を瞬殺で砕かれた俺と、俺の顔を見て一瞬驚いたもののすぐに不機嫌な顔になる令堂。

「…なに泣いてんだよ」
「ウルサイ…。ほっとけし。なんで来たし」
「俺の勝手だろーが」

勝手じゃねーよバカ。どーせメソメソ泣いてる俺の顔をわざわざ見に来て揶揄いにきたんだ。最低だ。

「は〜、よっこいせ」
「なんで隣に座る?!まじでかえって、」
「うるせえ」

ズカズカと俺の言葉を無視して令堂は俺の元まで来ると隣の書記席に勝手に座る。そしてそのまま座る俺の手を引いたと思ったら無理やり突然に俺を膝の上に乗せて抱き込んだ。

「なっなっ、なんの真似…っ」
「どーせ1人でショック受けてんだろうなって、慰めに来た」

そう言ってポンポンと俺の背中を優しく叩く。あの令堂にあやされてる…。

「…こんなことして、またなんか俺を揶揄う気なの。気味わるいんだけど、」
「あ?あー、からかわねえよ。ただ俺以外の奴に泣かされてんのは気悪いだけだ」
「…ほんとさいていだ。バカれーどー」
「だから俺一応先輩だっつーの」

俺とおんなじ制服なのに全く違う温もりに、匂い。筋肉の感触。なんだか頬が変に熱くなる気がする。令堂がなんの気まぐれかは知らないがこの際、甘えて存分にその制服を涙やら鼻水やら、俺の体液でビショビショにしてやることにした。ザマーミロ。

「…矢敷とか、あんなやつらの為にべつにお前が頑張る必要はねーんじゃねえの」
「…ウルサイし。関係ないし。ズビビ」
「俺にしとけってー。俺ならお前のこと泣かさねえし幸せにできるって」
「キモ。今度はなんの嫌がらせするつもり…ズビーっ」

かわいくねえなと喉で笑う声が左の耳から入ってくる。

可愛くなくて結構。…いつもなら悪態ついて返すところだがそうしなかったのは思いの外、俺を膝の上に乗せて抱きしめる令堂の胸の中が意外にも優しくて心地よかったとか、もう少しこのままでいいかも。と思ったからだとか。

ありえない。そんな事は決してないのだ。





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