弱肉強食3
 

ついに待ちに待ったこの時が…と卯崎は期待に胸膨らませて帰りのHRが終わるやいなや同時に教室を飛び出し生徒会室や風紀室、職員室や理事長室がある特別校舎に駆け足で向かった。

何をさせてもとろくさい卯崎、その足は男子高校生の平均以下の速度だったがそれでも16年の人生で卯崎がこんなに早く走れたのはこの日が初めてで、教室から歩いて10分かかるところを走って5分ほどかけただけでたどり着いた。卯崎にとってはそれはとても褒められることで、どれだけ卯崎がこの瞬間を待ち望んでいたかが伺える。
猛ダッシュでやってきたため、荒れに荒れる息とはやる心を抑えてリズム悪くコンコンとノックをする。

(あ、焦りすぎて不自然なノックになった…)

しかし鳴らしてしまったものは仕方ないとソワソワと中からの返事を待つが卯崎のノックに答える人はいなかった。
どうやら卯崎は風紀委員の人が来るよりも先に風紀室を訪れてしまったようだ。焦って早く来すぎた、と少し反省する。手持ち無沙汰で鷲波が来るまで待ちぼうけが確定だ。

「風紀になにか?」

風紀室の扉の前で立ち尽くしている卯崎に声をかけたのは鷲波ではなかった。柔らかい物言いの中性的な声の主は

「こ、小爪(こつめ)さん…」
「あー…っと、ごめん。君の名前出てこないや…」

小爪は委員長である鷲波を真横で支える風紀委員会の副委員長だ。線が細く華奢であるが空手や剣道、様々な武道の有段者だという話も学園内では周知の事実。しかしそれを鼻に掛けることはなく小爪の物腰柔らかな雰囲気と元来持ち合わせた爽やかさは美形揃いのこの学園で引けを取らなかった。

「あの、お、俺…っ、2年のうさ、うさきですっ」
「うさきくんね。何か用事があったの?」

三年の小爪とは学年も違う、なにか委員会や部活に入っているわけでもない、いたって平々凡々で地味な、目立った点も特にない卯崎を存知していろというのが無理な話だ。家柄も容姿も華やかな人が多いこの学園では尚更のこと。咄嗟に卯崎は自己紹介をする。

しかし小爪に聞かれた用事について卯崎は素直に答えられる訳がなかった。
学園の生徒中から神聖視される風紀委員長様に烏滸がましいことにも「抱いてもらう為にお願いをしに来た」などと。言えば残りの学園生活が破綻すること待った無しだ。口が裂けても言えるわけがなかった。

だが嘘はつけない性質の卯崎。
加えて普段から人と会話することも滅多に無いためこの場をなんとか切り抜ける術も持たない。自分のコミュニケーション能力の低さをこういう時に痛いほど卯崎は実感する。

「うさきくん?」
「ー小爪、卯崎は俺に用があるんだ」

返事をしない卯崎を不審に思った小爪が落ち込み俯く卯崎の顔を覗き込もうとしたところで卯崎にとって救いの声がかかった。それは朝からこの瞬間まで、会えるのを一日中楽しみにしていた鷲波の凜とした声だった。

「鷲波の?」
「ああ、俺が呼び出した。今日の見回りは小爪と三河だったな、よろしく頼む。あとそれとーー」

どもるだけで何も説明できなかった卯崎を庇うように突如現れた鷲波は小爪に委員会の話を降って卯崎から関心を逸らす。卯崎はその様子を見守るしかできなかったが、
二人が卯崎の知らない、分からない話題で会話をしているのを見て、
彫刻のような造形みたく非の打ち所がない美貌の鷲波とモデルをしていても違和感のないルックスの小爪、並んでいるだけでも絵になる二人を見て、なぜだか卯崎の胸はチリリとなんとなく騒ついた。

そのまま小爪は風紀室に入室せず鷲波の指示で校内パトロールに向かう。残された今まで空気だった卯崎を鷲波は風紀室の、入って奥の委員長室の、さらにその部屋からまた奥の指導室へ誘導した。

「し、失礼します…」
「はい、ここ座って」

鷲波は卯崎を折り畳み式のパイプ椅子に座らせて、長机を挟んで対面のパイプ椅子に同じく鷲波も腰を下ろす。

その間も卯崎はどうやって切り出そうなどとドギマギしていた。

「どうして今朝はいつもちゃんと着てる制服を崩して着たりなんかしたの?」

しかしそんな卯崎の緊張も打ち消す核をついた質問を鷲波は投げかけてきた。
机に片手で頬杖ついて空いた手は無気力に長机の上に置き、切れ長の真っ直ぐな瞳を卯崎に向ける。目元の泣き黒子と対角にある口元の黒子が妖艶さを際立たせていて卯崎は生唾を飲み込んだ。

「あの、俺…っ、お願いを、したくて」
「お願い?」

それが制服を着崩す理由?と卯崎の返事に自分の問いかけと話が繋がらないことを疑問に思うも鷲波はそれを指摘することはせず卯崎の話の続きを待つ。

「い、いいんちょうと…もういちど、…その、えっち、したくて…」

長机の下でぎゅっと拳を握り顔を真っ赤にしてそう告白した卯崎に鷲波は目を見開かせて驚くしかできなかった。

本当のところ、鷲波は朝正門前で言った通り卯崎が自分に抱かれたことを誰かに見せつけたくて七日間、自分がこれでもかというほどつけた赤い印をわざとはだけさせていたと思っていた。
もう一度セックスがしたいから、服をはだけさせる?と鷲波はその繋がりを見いだせないまま考えた。

もしかして、目の前にいる彼は自分を誘惑でもしたつもりだったのか?もしそうなら、少し肌を露出させるだけの、マセた小学生のような誘惑。引っかかる人間なんているのだろうか。

「違反をしたら、委員長に声をかけてもらえると、思って、わ、わざと…服を着崩しました…ごめんなさい」

だが鷲波の予想は外れた。彼は幼稚な誘惑をしたくて制服を着崩したんでなく、鷲波と話すキッカケとして制服を着崩したのだ。

そばかすだらけののっぺりとした、周りの学友たちと比べて色白な頬を朱に染めてもじもじ告白する姿に鷲波は心を猫じゃらしで優しく撫でられるみたいに擽られた。

「…俺に、声をかけてもらいたかったんだ?」

実はディザイアで鷲波が卯崎を見つけたのは偶然なんかでは当然なかった。

あの日鷲波はこの学園の理事長を務める母の弟、自分からみれば叔父に頼まれてディザイアを訪れたのだ。

この学園の生徒が夜な夜なクラブを訪れては未成年飲酒、淫行をーーなんて、良いとこ出身だらけのお坊っちゃんたちを預かる学園からしてみればなんとも不愉快な噂話を耳にしたらしく、この話が事実なら保護者やマスコミにバレた時とんでもない事態になると理事長直々に泣きつかれて、事実だろうとなかろうとなんとか風紀の立場を利用して内密に解決してくれと言われるがまま鷲波は素直に従ってディザイアへ向かった。

噂と、休暇届に記載された休暇日数と主な滞在先、その周辺を探って一番怪しかった卯崎を鷲波はあの日つけていたのだ。

「いいんちょうに、話しかけられたかった、し、…話も、したかった、んです」

しかし予想外にもクラブで出会った卯崎に、どハマりしてしまったのは鷲波の方だった。

秋中盤のひょろひょろと飛ぶ死にかけの蚊みたいな弱々しいオメガ特有のフェロモンを流して、自分の言葉にいちいち恥じらって、全身真っ赤にして、しかし大胆にもいやらしく乱れて、求めて、離さない卯崎と七日間もヒートとはいえずっと肌を重ね抱き合っていたのだ。嫌でも情は湧くというもの。

地味だ平凡だとからかわれると言うその顔が鷲波にとってはこれ以上なく可愛く見えた。

そんな卯崎がいざヒートが治って次の日学校に出てきたと思ったらそんな格好だったもんだから、もう次の男を捕まえる為に、と無粋な想像をして朝は呼び出した訳だが。

「奇遇だな。俺ももっとうさと話したかったんだ」

これからは他の男になんて目がいかないよう、
もちろんヒートのたびにあのクラブへ行かなくていいよう、
自分だけを瞳に写して、自分のことしか考えられなくなるよう、

まずはその第一歩としてカラダから自分無しでは生きていけなくなるような快楽に溺れさせるつもりで、個別指導と称して呼び出して…という下心しかなかった鷲波の作戦はここで急遽変更となった。

そんな作戦、実行しなくても既に卯崎は鷲波の与える快楽から抜け出せなくなっていた。

その上で慣れない事をしてまでどうにか鷲波と接触したかったと言う。あまりの愛らしさに思わず鷲波は目の前の卯崎の髪に手を伸ばし撫でる。ワックスでセットされたそれは少し強付いて硬い。
卯崎は鷲波の同年代と比べても一回りは大きい無骨なその手にマーキングする猫みたくスリスリ頭を寄せた。ワックスをつけていない素の髪の方が好みだと撫でながら鷲波は思う。

「じゃ、じゃあ!これからも話しかけてもいいですか…?あ、あとLINKも!交換したい、ですっ」
「もちろん。スマホだして」

必要な操作が済めば卯崎のトークアプリ上の数少ない友だちが一人増える。newと表記された、アイコンが未設定の「鷲波」とだけ書かれた新しい連絡先を卯崎は感慨深くまじまじ見つめる。

「はぁ…増えたぁ…」
「そりゃ交換したんだからね。いつでも連絡して来なね」
「は、はいっ!…あっ」

ポン、と音が鳴ったのは鷲波の方だった。

「いつでもとは言ったけど、さっそ…」

く、と言いかけた鷲波の言葉がつまった。
「うさき」がスタンプを送信しました。と通知の中身に視線を奪われたからだ。

卯崎から送られて来たのは赤いドレスを身に纏った投げキッスとウインクを送りハートマークをたくさん飛ばす豊満でセクシーな感じに描かれたデフォルメの女の子のスタンプで、「お誘いチュウ」というコメント付きだった。受け取り方によれば、それは卑猥な感じにも見えてしまうのかもしれない。

「へえ、俺いま誘われてたんだ?」
「わわわわざとじゃないんです送り間違えました…っ」
「間違いじゃない、これを送る相手がいるってのも問題だな、やっぱりいらないかと思ってたけど…個別指導、うさには必要みたいだね」

なにより誘われてるんなら、応じてあげないと。
瞳をギラギラさせて不敵に呟き腰を上げ、長机に乗り上げて卯崎の顎を掴み手繰り寄せるように鷲波は自分の顔に卯崎の顔を近づけるとそのまま噛み付くようなキスをした。

卯崎がスタンプを送った行為は確かにわざとではないのだが、結果送ってしまいいつ誰が入ってくるかも分からない学舎の風紀室で行為に及ぶ事態に胸を大きく高揚させ期待するのも事実。ゆるゆるといきり勃つ熱を鎮めようなんて頭は卯崎には無く、鷲波の荒く激しい息も奪われるようなキスに身を任せた。

卯崎の作戦はいろいろ段取りにズレが生じたものの、大成功といえるだろう。





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