弱肉強食5
 

「お、俺はいいんちょうのことが、好きなんですか…?」
「俺に聞くの」

廊下で立ち話もなんだかとリビングに移動した2人。ソファに腰掛けてまるで人ごとみたいに言う卯崎に鷲波は毒気を抜かれた。対して卯崎は何度もすき、スキ、好き…を反芻して声に出す。

「俺…いいんちょうのこと、好きだったんだあ…」

何百ものピースのパズルの、完成まであと一歩、最後のピースがかちりとハマった瞬間のような、それぐらい、ディザイアで初めて出会って抱かれてから、今まで持て余していたこの感情を一言で表すのにぴったりの言葉だった。

俺はいいんちょうのことが好きだったんだと自覚すると、自分の感情に納得ができた。

「…うん、…俺、あなたのことが、す、好きです」

うわあ、言ってしまったと卯崎は両の手のひらで口元を恥ずかしさに覆った。普段から鷲波のマシュマロより甘く優しいところに惹かれて、側にいるだけで心が浮ついて、連絡がないとすぐ不安になって。それらは全て「好き」にルーツしていた。好きだから、卯崎は鷲波の事が好きだから。そうなってしまっていたのだ。

「俺もだよ」

鷲波は顔を覆う卯崎の手をとり自分の方へ誘導し顔をこちらに向けさせる。ばちりと顔を真っ赤にした卯崎と目があった。

「ちが、ちが…。俺は、いいんちょうの事が、ラブの意味で好きなんです。いいんちょうといっぱいちゅうしたいし、ぎゅうもしてほしい」
「だから俺もだって」
「いいんちょうは優しいから、そう言ってくれてるだけなんです」

鷲波のそういうところに卯崎は1番に惹かれたのだ。

自覚した今、あまりにも不相応で図々しく烏滸がましいと本人は思うが、それでも卯崎は狂おしいほど鷲波が欲しい。

今まで感じた事がないほどこんなにもキスしたいと、セックスしたいと思うのは、全て鷲波が好きだったからなのだ。卯崎はその欲望に忠実に従いたいと思った。そして優しい鷲波は卯崎のそれを叶えてくれる。
それに全力で甘えたいが、しかし「俺もだ」というのは社交辞令であって、決して信じてはいけない。そういう思考も卯崎は持ち合わせていた。

何故なら学園でかっこいい人と言えば、まず片手の指に収まるうちには名前の上がる、文武両道で清廉潔白、全てを兼ね備えたアルファの風紀委員長が、こんなオメガの出来損ないで、クラスメイトからも疎まれているような、スクールカーストの底辺をいく自分を好きになる訳がないのだから。

「いいんちょう…好きです、好き、なんです」

関係は変わらなくていい。元々の予定通り、卯崎は鷲波と小爪の仲を応援するだけ。ただ、2人が付き合うまではこうして自分を抱いてほしい。自覚した事で受け身ではなくなった卯崎は、優しい手つきで鷲波の手を解き、そのまま鷲波をソファにゆっくり押し倒すように卯崎が上を取る。顔を近づけ、そのピンクの唇一点を目指した。

「だあめ」

キスしようとした矢先、その行為は寸前のところで2人の口の間に割り込まされた鷲波の手によって阻まれた。卯崎の唇を鷲波の手のひらが覆う。

「ふぁんれ…?」
「何言ってんのか分からないよ」

ふっと鼻で笑う鷲波に、そのまま行為に雪崩れ込もうとした卯崎は不満げな視線を送る。

「俺、こういうのは好きな人としかしないって言った」
「…おれは、いいんちょうのことが好きです」
「ああ、だから俺もだ」
「だからいいんちょうのそれは…っ」
「うさが何勘違いしてるか知らないけど、俺は優しくない。誰とでも寝ない。うさの事を、ラブの意味で好きだからキスもセックスもする。好きになって欲しいからうさには優しくする。…それを分かってくれないんじゃ、俺はもううさとはこういう事しない」

勘違いをしてはいけないのに。
何のために自分はわざわざ街まで降りて、3ヶ月に1度のオメガ特有のその熱を冷ましに行ったのだ。
自分のような人間が好かれるはずがないのに、とろくて周りに迷惑ばかりかける自分など。

卯崎は自分にそう言い聞かせるも、鷲波の言葉に呑まれてしまいそうになる。

「そ、そんな言い方…ほんとうに、いーんちょうが俺のこと…好きみたい…」
「だから、何回言わすの?何度でも言って欲しい?」

いい、大丈夫ですと卯崎は首を振る。

甘く優しいその声に、溶けてしまいたい。
しかし素直にそう出来ないのは卯崎が臆病だからだ。こんなに人から剥き出しの好意を寄せられた事などこれまで一度も無かった。みんな卯崎の陰気な空気や容姿を馬鹿にしてからかっていた。

中には卯崎のオメガ性をネタにして、罰ゲームと称して卯崎に告白して付き合い、それに卯崎が喜びと性欲が昂り、弱々しいそのフェロモンを流した瞬間、影から見ていた仲間たちが現れネタばらし、というような非道な真似をする同級生たちもいた。…なんなら、過去のそんな出来事が卯崎をさらに陰気にしたキッカケかもしれない。

だから、これ以上馬鹿にされたくなくて。噂されたくなくて。卯崎はずっとディザイアに通っていた。自分の事を何も知らない人なら、馬鹿にされずに済むんじゃないかと思って。

「…俺、自信ないです。ずっといいんちょうに、好きでいてもらえる自信」
「それは俺にも言えるけど」
「お、俺は絶対いいんちょうを嫌いになる事なんてないです…っ」
「熱い告白だな、ありがとう」

ヨシヨシと鷲波は卯崎の頭を撫でた。ぽてん、と卯崎はそのまま鷲波のかたい胸板に頭を預ける。

「俺…いいんちょうに捨てられたら、もう…多分、しにます」
「それは困る」

鷲波はぎゅっと卯崎の腰に片手を回して、もう片手は後頭部において抱きしめた。

「うさ、…好きだよ。俺と付き合ってくれる?」
「…〜〜っ、は、はい…っ」

鷲波のその言葉にぶわわ、と卯崎のフェロモンが溢れた。弱々しい微かに感じる程度のそれでも、鷲波ですらこの距離で嗅ぐとさすがに下半身にぐっと来る。まだ理性を保てるレベルだがそれは時間の問題だろう。

「…ふへ、へへ。いいんちょうが、彼氏だあ…」

先程までの卑屈な卯崎はどこへ行ったのやら。ふにゃりと顔面が溶け落ちそうなほど崩して笑うのを、態勢のせいで鷲波は目視するのが叶わない。が、チョロチョロ出る壊れた蛇口の水みたいなフェロモンが量を増していくのを鷲波は全身の肌で感じた。

「…彼氏なんかで、満足するなよ」

今にヒートさえ来れば、少し前にこの頸に残した、赤みの薄れた噛み跡に重ねるように、二度と消えない痕を残すのだから。
とりあえず今は、その日が来るまでその痕が消えないように。

「…っい゛っ、ぁあ…ッ」

肉を貪る捕食者のように、喰らいつくだけ。





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