少年よ、大志を抱け
駄菓子を食べながら明日襲撃……とか物騒な話をしている旅団に「仕事終わったらセリも飯食おうぜ!」と誘われ、二つ返事で了承する。
そしてあんぱんと牛乳を鞄に詰めると私は「ちょっと急用!バイバイ!」と素早くハリーの首根っこを掴みアジトを去った。皆ぽかーんってなってた。

なんで僕が…とぶつぶつ文句を言うハリーの案内で、私はシャルが絶望していると私達の間で話題の公園へ向かった。
理由はひとつ。早く携帯返してほしい。

いや、元はと言えばシャルがくれたものだし別に諦めて新しい携帯を買ってもいいんだけど、そうなると私は身分証明出来るものを持っていないから、ハギ兄さんに頭下げて買ってきてもらうことになるんだよね。それはやだなぁ。

「ほら、あそこだよ」
「……確かに間違いなくシャルだね」

ベンチから遠く離れた茂みの中でこそこそと怪しい動きをしながら、双眼鏡を使って確認する。

「その双眼鏡いいなぁ。僕にも貸してよ」
「はいはい、後でね」

適当にそう返せば、ハリーは「やったぁ」とのんびりした言い方で喜ぶ。こいつうるさいな。
めんどくさくなったので双眼鏡をハリーの丸眼鏡に押し付けてやった。小さくパリン、と聞こえたが何の音だろう。

「うーん、予想よりは元気そうだけど…なんかアンニュイな感じだね」
「アンニュイってなに?」
「アンニュイはアレだよ、あの……アレだよ」
「ええー…なにそれ」

横で不満気な声が上がるが無視。ベンチに腰掛けているシャルはハリーが言っていたほど暗くなかった。
時々携帯を弄り、ため息をつく。基本的にはなんだか考える人みたいなポーズだった。

「ま、いいや。ハリー、案内してくれてありがとね。もう大丈夫だから帰れ」
「あ、はい…。でも結局なんでここにきたの?セリちゃん、シャルに何か用があるの?」
「実は私達昔から因縁があって」
「えっ、そうなの?」
「うん。今日こそ決着つけてやろうと思ってる」
「そうなんだ…頑張ってね!」
「うん!」

グッ、とお互いに親指を立てて別れる。私、こういう意味わかんないノリ嫌いじゃないよ。
一度ため息をつくと考える人状態になっているシャルの元へ向かった。


「何をそんなに悩んでるの?」
「は?」

突然投げかけられた質問にシャルが顔を上げる。同時に私はシャルの横に座った。
絶をしていたから声をかけるまで気付かなかったんだろうな、ってつまり私の絶が大分上達したってこと?
とか考えながらシャルの方に顔を向ければ、シャルは「なんだこいつ」と言いたげな訝しげな目を向けていた。
説明が面倒なので、そのまま特に口を開かず、じっと見つめていると暫くしてシャルは目を大きく見開き、驚いたように「セリ?」と呟いた。
素直に頷けば「なにその格好」と指を差される。

「それ、ジャポンの学生服でしょ?なんでセリが着てるの?大体なにその髪型」
「話すと長くなるから気にしないで。思い出作りみたいなもんだから」
「へぇー、ふーん。ねぇ、写真撮ってもいい?」
「駄目、って言う前に今シャッター音聞こえたんだけど」
「気のせいじゃない?」

そう言いながらシャルは携帯を弄る。旅団に拡散とかされたらどうしよう。
別に撮られて減るもんじゃないけど、と思いつつ私は鞄からあんぱんと牛乳を取り出した。
ガサガサと音を立ててあんぱんの袋を開け、かぶりつくと携帯に向けていたシャルの目がこちらに向いた。

「話の途中でよく堂々と食べられるね」
「話の途中でよく堂々と携帯弄れるね」
「あー、はいはい、止めるよ」

と言って携帯を仕舞うシャルに「私はやめないけどね」と笑顔で言いながら、牛乳に付属のストローを差して口を付けた。
シャルの顔がひきつっていたが見てないことにする。

「飲む?」
「いらない」

なんだかイライラしているようなので牛乳を差し出せば、今度は疲れた様子で言われた。忙しい奴だ。
シャルはハァ、と息をつくと「それでさ」と話し出す。

「セリの携帯のことだけど」
「ああ、拾ってくれてありがとう。で、返してくれるの?」
「返すのはいいけど、質問に答えてね」

私の携帯を取り出すと交換条件を突きつけられる。ただでは返してもらえないらしい。半分まで食べたあんぱんの袋を閉じて鞄に仕舞う。
そして鞄を肩にかけて立ち上がり、まだたくさん残っている牛乳を片手に持ってシャルを振り返る。

「じゃあいいや」
「えっ」
「私、帰るね。お土産は羊羮でよろしく頼む」
「えええ!?ちょ、本当に帰るの!?いや、セリらしいと言えばらしいけど!えっ、携帯は!?」
「うーん、新しいの買うからいいや。捨てといて」
「はぁあ!?」

前に言ったと思うが私は質問攻めにされるのが嫌なのだ。話が長くなるし、めんどくさいし、疲れる。
質問に答えなきゃ返してもらえないなら、諦めてハギ兄さんに頭を下げて買い替えた方が私的には楽だ。

「ちょっと待って!わかった!質問しないから戻ってきて!ね!」

帰るつもりで歩いていると後ろから腕を掴まれ、進めなくなる。
なんか必死だな、と思っているのは私だけではないようで、散歩中の人や子供達を遊ばせてお話し中のお母さん達がチラチラこちらを見ていた。
その視線が気になり、仕方なくシャルを振り返る。

「わかったよ、じゃあお寿司食べに行こう」
「いや、何もわかってないよね?急になにそれ、どこから出てきた?」
「なんか私今すごくメンチちゃんの顔が見たいんだよね。疲れたのかな」
「間違いなく俺の方が疲れてると思うんだけど?」

そう言うシャルは笑顔だが、額に青筋が浮かんでいた。あれ、なんかデジャヴ。前もこんなことあったぞ。
なんだったかな、と記憶を遡るが思い出せない。

「ま、いっか。メンチちゃんに会いに行こうよ」
「ええ?ちょっとキミさ……」

腕を掴んでいたシャルの手を放す。その手と私の手を繋いで引っ張っていくことにした。
それを見て、シャルは私に引っ張られながら口を開く。

「セリの手、汗ばんでて気持ち悪いね」
「私のスーパーパンチお見舞いしてやろうか」

あはは、と笑いながら繋ぎ方を恋人繋ぎにチェンジしてやった。
そして力を入れて全ての指と指で思いっきり挟むとそれに気付いたシャルに同じことをやり返され、そのまま私達は笑顔でお互いの指を潰そうと念まで使っていた。
繋いだ手からは骨の軋む音やどこか折れただろ絶対、というような痛々しい音が響いていたが気のせいだろう。
やっぱり前にもこんなことあった気がする。

***

「あ、美味しい。これ美味しい」
「よかったね。セリ、もっとお茶いる?」
「いるいる。ありがとう。すみません、とりあえずウニもっとください」
「はいはい!」

やっぱり寿司は美味しいよね。
メンチちゃんの下宿先であるお寿司屋さんでお茶を飲みながら一息つく。
左隣に座るシャルが私の食べ終えた寿司下駄を重ねて端に寄せるのを私の右隣に座っているメンチちゃん(休憩中)は頬杖をついてコイツよく世話焼くなぁ、と言いたげな目で見ていた。

「で、結局あんたたち仲直りしたわけ?」
「だから別に喧嘩してたわけじゃないよ?」

以前と同じ質問にそう返し「ねぇ?」とシャルに同意を求めれば「確かに喧嘩はしてないよね」と道中、私が潰した右手をプラプラと振りながら笑顔で言った。
まぁ、喧嘩ではなく熱いバトルは繰り広げたね。私も笑顔で潰された左手を振る。
バチバチと火花を散らす私達の様子にメンチちゃんは呆れ顔で口を開く。

「あー、そうね。手繋ぎながら入ってきたものね。…殺気立ってたけど」
「そうそう。ねぇ、セリ。俺の右手の人差し指と小指折れてるんだけどどうしてくれるの?明日大事な用事あるんだけど」
「私の左手だって死んでるよ。どうしてくれるの?明日も多分コスプレするんだけど」
「それ別に左手いらなくない?」
「明日もその格好なの?あんた毎日何してるわけ?」
「正直私もよくわからない」
「嘘だぁ。花嫁修業って言ってたじゃん」

シャルがじと目で言う。
あー、そういやそんなこと言ったっけ。才蔵さんが一々煩いからなぁ、と御堂家での出来事を思い出しているとメンチちゃんが「え?」とその言葉に反応した。

「セリ、あんた確かヒユちゃんって女の子に気に入られたんじゃなかった?それでなんで花嫁修業になんの?」
「あー、実は御堂さん家には才蔵さんっていう雑巾の扱いに煩い姑が居て…」
「えっ、サイゾーって女なの?あ、なんだ。じゃあいいや。うん、どうでもいい」
「うん?どうしたシャル。確かに才蔵さんは女性的な顔立ちだけど、眉は結構凛々しいよ」
「はぁ?ん?ちょっと意味わかんないわよ」
「えーっと、才蔵さんは料理が得意」
「へぇ、あたしと話合いそう」
「………………」

なんでだろう。二人とも納得してしまった。あれ?全く説明できてないはずなんだけど。
不思議に思いつつ「でも面倒だからもうこれでいいか」と考えてしまう辺り私ってダメな奴だ。こうして誤解は生まれていくのに。

とりあえずお茶を啜る。すると何度も頷きながら勝手に何か問題を解決したらしいシャルが私に向かって揶揄うように言った。

「じゃあ、丁度良い機会じゃん。料理教えてもらえば?セリ、全然作れないでしょ?」
「シャルに私の何がわかるのさ。別に私は漫画みたいな爆発とかベタな失敗はしないよ」
「でも自分から作らないでしょ」
「はい」

正直に言えば「ほら」とにやにやしながら言う。
これはあれだよ、ナズナさんが悪い。ご飯作ってくれるからいけない。ハギ兄さんくらい無関心の方がいいと思う。
全く、これだから真面目は…と今頃実家でゴロゴロしているだろう保護者の姿を思い浮かべていると、先程注文したウニが大量に乗せられた寿司下駄を渡された。

ナズナさんへの文句はそこまでにして、待ってましたと箸を持ち直す。
シャルが小皿に醤油を足してくれたのを確認してからいただく。ウニに舌鼓を打っている私をメンチちゃんがじっと見る。

「そういえば、あんたハシの持ち方上手ね」
「ブッ!」
「うわっ、汚い!!」

思わず口の中のものを噴き出すとシャルにおしぼりを投げ付けられた。おい、さっきまでの甲斐甲斐しさはどこへいった。

「旅行初日も思ったんだけどさ、随分慣れてない?」
「キノセイダヨー、ナニイッテンノー」
「その話し方キモい」
「黙れよシャル」

箸を一旦置いて、怪我のない右手でシャルの右手にトドメを刺す。私の馬鹿力ナメるなよ。これが最近ゴリラ化の止まらない私の実力だ。

左隣のギャア!という声は無視してメンチちゃんには笑顔で誤魔化す。だってフォークとナイフで寿司なんか食べられないよ。
日本育ちとして違和感半端ない。かといって手掴みもなんか違うし、難しいところだ。
メンチちゃんの視線を感じながらもウニさんを待たせるわけにはいかないので箸で食べ続けた。
若干涙目のシャルが右手を左手で擦りながら、何事もなかったかのように一人ウニを口に運び続ける私に恨めしげに言う。

「まだ食べるの?太るよ」
「シャルナークくん。女子にそういうこと言うのどうかと思うよ」
「心配してあげてるんだよ。セリ、今体重何キロ?」
「りんご三個分くらいかな」
「あはは、お前いい加減にしろ」
「あだっ!」

おしぼりpart2が私の目にビタッ!と音を立てて直撃した。目潰しとは卑怯な奴だ。
私も対抗しようと周辺を見回すと私が食べ尽くして積み上げられた寿司下駄が目に入る。

「あ、そういえばお会計どうする?割り勘?それとも私が払う?」
「え、俺が払うっていう選択肢はないんだ?」
「だって殆ど私が食べてるし。ていうかシャルお金持ってるの?ええ!」
「…セリは俺のこと貧乏学生かなんかだと思ってるのかな?」

青筋、再び。
すごいな、私。この短時間でシャルのことをここまでイラつかせるなんて天才かもしれない。落ち着けよと横の盗賊を手で制する。

「だってねぇ、ウボォーさんはお金持ち歩かないって言ってたし。シャルもそうかなって」
「ウボォーと一緒にしないでよ。もういい、俺が払う」
「ていうかまず、そのウボォーさんとか言う奴にちゃんとお金を持つように注意しなさいよ…」

メンチちゃんが呆れたように言った。
それは中々無理難題だ。私もシャルも返事をしなかった。

[pumps]