田中
シャルとメンチちゃんと三人で寿司を食べてから、一週間が過ぎた。
トランシーバーの電源を切っていたせいで才蔵さんには怒られたが、携帯は無事に返ってきたし、シャルとも終始和やか(手は死んでるけど)な空気だったので、私がコスプレをしているという点以外では特に問題はなかった。
そう、私達には何も問題はない。私達、私とメンチちゃんにはないけど、旅団にはあるだろ?

そのことを考えた後、怖くて新聞やテレビのニュースを一切見ることが出来なかった。だって、まさか全員ジャポンに来てるとは思わなかったんだもん。
三、四人でも恐ろしいのに全員とか何やったかわかったもんじゃない。ニュースを聞いて、何も知らないヒユちゃん達の横でこの犯人達と駄菓子食いましたとか思うのがツラい。

「おい!手が止まってるぞ!」
「…あっ、ういーっす。すいませーん」
「なんだその返事は!やる気あんのか!?」
「落ち着けよ才蔵。一々怒鳴んなって」

才蔵さんの煩い声で現実に引き戻される。
ハッ、と周囲を見回すと広い台所で才蔵さんとハンゾー先生、ヒユちゃんが私の側で各自エプロンを着用して作業中だ。
本日は土曜日。お昼時だというのにご飯も食べずに私は才蔵さん指導の元、わらび餅を作っていた。

これ、何回目かな。ヒユちゃんの学校が始まってからはコスプレが忙しくてやっていなかったので今日は久々の授業だ。
しかし以前から何度もやらされていたため、私はわらび餅作りに完全に慣れていた。

だから途中で意識が飛んでしまうのだ。許せと私は思うが、才蔵さんは思わないようで「お前が今、手を止めたせいでうんたらかんたら」と怒っている。
それを諫めてくれるのが本日初のわらび餅作り授業を受けるハンゾー先生だ。しかし、これは逆効果で喧嘩フラグだったりする。

「なんか色々言ってるけどよ、わらび餅なんてわらび粉に水と砂糖入れて温めて冷やしゃいいんだろ?」
「はぁああ!?テメェわらび餅馬鹿にすんなハゲェ!!」
「誰がハゲだコラァ!!」
「はい、じゃあ火にかけて混ぜまーす」
「どうぞ、新しい木杓です」
「ありがとう」

揉め始めた才蔵さんとハンゾー先生は無視して鍋をコンロの上に置き、ヒユちゃんから差し出された木杓を受け取った。
包帯でぐるぐる巻きの左手は使えないので、ヒユちゃんに横から鍋を支えてもらい、少しずつ弾力が強くなるのを感じながら混ぜていく。

積極的に私のお手伝いをしているヒユちゃんは、鍋の中を覗き込むと嬉しそうな顔をした後、少し照れた様子で「完成したら、また私にも分けてくださいね」とこっそり伝えてきた。
過去何回かの授業後のわらび餅をすっかり気に入ったらしい。というか元々ヒユちゃんにあげるのが目的なんだけどね。

しかし平和だ。すごく平和。昼からわらび餅作りとかなんだこれ。
奥様方が観る料理番組かなんか?才蔵さんもフリフリのエプロン着けるとか絶対に主婦の視聴率意識してるよね?

「才蔵さんが着けてるあのフリフリエプロン、あざとくて腹立つわぁ」
「も、申し訳ありません!至急ひよこ柄のエプロンに着替えさせます」
「うーん、それはもっと腹立つ」

着用後のドヤ顔な才蔵さんの姿を想像してイラついた。
素直に口にするとヒユちゃんは慌てた様子で「で、では、やはり熊さん……?」と誰に尋ねるでもなく呟いた。
なんでそんなファンシーなデザインしかないんだろう。

かき混ぜながら大分弾力が強くなってきたので、ここで一旦火を弱める。
すると上着のポケットに入れておいた携帯が震動した。

「あ、メールだ」
「何!?馬鹿!電源切っとけ!!」

ハンゾー先生と揉めていたはずの才蔵さんの怒声が響く。

煩そうに顔をしかめるヒユちゃんとハンゾー先生にアイコンタクトを取り、才蔵さんには「すみません」と口で適当に謝ってから携帯を取り出した。
確認するとシャルからで『明日、昼に○×駅まで着てくれる?』という非常に簡潔なメールだった。

この駅は確か、メンチちゃんのお寿司屋さんのすぐ近くにあるはず。
なんでここ?なんでお昼?ご飯でも奢ってくれるの?てか旅団の活動終わったんだよね?何したの?
疑問は沢山あったが、才蔵さんの視線が痛いので『わかった』とだけ短く返して携帯を仕舞った。食事に行くならフルーツパフェ食べたいな。

***

翌日、世間は楽しい日曜日で朝からお出掛けなんて人もたくさんいるだろう。
そんな日曜日の昼に私はシャルに呼び出されたのでヒユちゃんに「友達に会いに行ってくるね。帰りの時間はよくわからん」と伝えて駅に向かった。
ヒユちゃんに寂しそうな顔をさせたシャルを私は許さない。

そんなシャルは車で来ていてちょっと吃驚した。
私が転生前に家族で乗っていた車と全然違う、中々カッコいい車でこんなのに乗せてもらったら普通の女の子は喜ぶだろう。
しかし残念ながら私は車に詳しくないし、興味もないので最初に思ったのは「これレンタル?盗難車?どっちだろう」だった。

昔のクセで後ろに乗る気満々だったが、シャルが態々助手席のドアを開けてくれたので隣に座ることにした。
シャルが運転席のドアを開けて乗り込んだところで、シートベルトを引っ張りながら気になっていたことを聞く。

「シャル、免許持ってるの?」
「ううん」
「!?」
「大丈夫だよ。別に」

いや、なんだその自信。ふざけてんのか。
唖然としているとシャルが「危ないからシートベルト締めて」とエンジンをかけながら言った。
あれ、無免許運転なりに安全管理はしっかりしているのかな?と安堵し、言われた通りにシートベルトを締める。

私のシートベルトがカチッと音を立てたと同時にシャルはアクセルを思いっきり踏んだ。

「はぁっ!?痛っ!!」

車は凄まじい音を立てて勢いよく発進する。
突然動き出した衝撃で私は一度前のめりになった後、シートに頭を打ち付けた。
シャルは「あ、大丈夫?」とミラー越しにこちらを見て言いながら、車と車の隙間を縫うように進んでいった。その度に聞こえる悲鳴と怒声。
私は制限速度60キロの道で130キロを越えて走行する車を初めて見た。

「うわぁあ!!やだやだ降りる!せめて後ろの席に行きたい!」
「えー、後ろは危ないよ。馬鹿に追突されたらどうするの?」
「まずお前が突っ込んでる馬鹿なんだよ!」

唾を飛ばしながら大声で言うとシャルは顔をしかめながら「煩いなぁ」と左手で耳を塞ぐ。片手運転やめろ。

「大丈夫だって。もしぶつかってもすぐに抜け出せるでしょ?」
「私そんなに素早くない!」

何当たり前みたいな言い方してんの!?まずぶつけない努力をしろよ!

「あ、赤」
「うわぁああ!!」

もっと文句を言ってやろうと思ったら、急ブレーキで止まる。え?何?と前を見れば横断歩道を渡る人々。上に目を向ければ信号は赤だった。
なんであんなにスピード出すのに赤信号で止まるんだよコイツ。
いや、別に信号無視してほしいわけではないが、だったら最初から普通に走れよ。

「で、この後のことだけど。セリ、皆とご飯食べる約束したんだって?」
「うん?あー、……したようなしてなかったような…」
「まぁ、覚えてないならそれでいいや。俺達、というかこの先特にジャポンに用事がない奴は明日にでも帰っちゃうからさ。今日皆でご飯食べない?」
「食べない?ってこの車に乗った時点で選択肢ないよね」
「ま、確かにね」

信号が青に変わり、再び物凄いスピードで走り出す。
先程のように器用なハンドル捌きで周囲の車を抜きながら、シャルは私に色々と話し掛けてきた。「俺も暫くしたら帰るんだけどさ、セリは……」とかなんとか。
正直、この時の私は信号待ちの時に、窓から偶然見えた『かき揚げ丼大盛りサービス!』のポスターことで頭がいっぱいだったので、殆ど話を聞いていなかった。
ああ、とかそうだね、しか返さなくて悪いことしたな、とは思っている。

[pumps]