田中
「私、ご飯食べるって聞いたんだけどさぁ……」
「食べてるじゃん」

なんか楽しそうに騒いでいる旅団の皆さんの声を聞きながら、ツンツン、とフォークで紙皿の上のピザを突っつく私にシャルがビールを飲みながら言った。
食べてるよ、確かに食べてる。でも場所がレストランでもなんでもなくあの仮アジトな工場なのと食べ物が国籍関係なくごっちゃになっているのはどうかと思う。
ぐるりと周囲を見回せば、こっちに来てから何かと食べる機会の多い寿司に丼ものなんかのジャポン料理の数々。中華料理コーナーに、漫画みたいな大きな肉をガツガツ食べているウボォーさん。さらにパスタと何故か乗り捨てられたピザの宅配バイク。
そして何より酒が多い。というかほとんどコイツら酒ばっか飲んでるじゃないか。
まあ、この面子で普通のお店なんか行けるわけがないし、満足もしないだろう。こういう形の食事になるのは仕方がない。

色んな料理と酒の臭いが混ざって酔いそうになる私にシャルが不思議そうな顔をして見ていた。
そしてビール缶を私の前に出す。

「セリってお酒飲める?」
「飲めない」

即答すれば「だと思った」と続けた。
転生前は成人していなかったから当然お酒なんて飲まなかったし、今もまだ未成年だから飲むつもりはない。
しかし周りを見れば、どいつもこいつも飲んでいた。流星街メンバーの中では私が一番年下だから、他の皆はもう飲める年齢だ。
忘れてたけどシャルも私より何歳か年上だし。その前から飲んでいた可能性もかなり高いが、今更聞いても仕方ないので気にしないことにした。

「でもお前は未成年だろうが!」
「ギャッ!眼鏡が!!」

直前まで一言も発さず不意打ちで横にいたハリーに目潰しを食らわせた。
まるでお茶のようにまったりと酒を飲んでいたハリーは急すぎて上手く対処できなかったらしい。何度目だろう、眼鏡が割れる音が響いた。


ハリーの眼鏡を割って少し落ち着いたので、お酒が飲めない代わりにとりあえず大量のご飯を食べることに専念した。
普段食べる量を明らかに越えていたが気にしない。シャルがドン引きしているが気にしない。
ウボォーさんにお肉を分けてもらい「美味いな、これ」と二人でがっつく。さらにビールの代わりにウボォーさんと一緒にサイダーを一気飲みした。死ぬかと思った。
そんな暴飲暴食をする私を見て、離れた位置にいたパクがくすくす笑いながら「ケーキ食べる?」と聞いてきた。

「駅の近くのお店で買ってきたの。ショートケーキが美味しいらしいわよ」
「え、食べる!」

箱の中に収まるフルーツタルトにチョコレートケーキ、パッションフルーツのムース。そして苺の乗ったショートケーキ。繊細で美しいケーキにうっとりする。
パクがお皿に移してくれたショートケーキをウボォーさんに「一口!一口だけ!」と半分以上奪われそうになり少し喧嘩になったが、仲裁に入ってくれたフランクリンのおかげでなんとか収まり、パクとフランクリンの生暖かい視線を感じながら笑顔で頬張る。
すると今度はマチがコップを持ってやってきた。

「セリ、あんた酒飲めないんだって?ほら、これ飲みなよ」
「ありがとう、マチ」

別に、と言いながら手渡されたのはオレンジジュース。
ショートケーキとオレンジジュースって、なんだこの家庭科の教科書に出てきそうな子供のおやつは。

周りが皆お酒を飲んで料理をつまんでいる中、一人だけ小学生のような組み合わせに微妙な気分になった。
別にお酒が飲みたい訳じゃない。一人だけこんなんだからあの…アレなんだ!と思った私は酒を飲まない仲間を増やす作戦に出た。
えーっとフェイタン、無理。クロロ、今は気まずい。包帯ぐるぐる巻きの人、怖くて話し掛けられない。毛むくじゃらのモ○ジャラみたいな人、動く姿が可愛いけど誰。後はハリー、あいつでいいや。
何とも適当な決め方でフィンクス、ノブナガと一緒に居たハリーを手招く。ダッシュ!と叫べば素直に走ってきたハリーを見て誰かが「犬かよ」と言った。

「ハリー、何飲んでんの?ん?そんなのやめて一緒にジュース飲もう。ね、とりあえず座れ」
「ええ、これもジュースみたいだよ?」
「フン、色には騙されないから」

鼻息荒く言う私にハリーは首を傾げる。
ハリーが持っていたグラスには酒だと思われる薄い赤色の液体が入っていたのでフランクリンにあげた。代わりにマチがオレンジジュースをコップに注ぎ、それを押し付ける。

「ああ、僕の……」
「いいじゃん、あんたもセリに付き合ってやんなよ。可哀想だし」
「そうね、元々あなたそんなにお酒好きじゃないでしょう?」
「流石マチとパク、わかってるね。はい、ハリー。ショートケーキ分けてあげる」
「えー、もう…しょうがないなぁ」

ため息をついて、諦めたハリーに食べかけのショートケーキの皿を渡す。
一緒に限界がくるまでご飯を食べようと思った私は、またウボォーさんの所で肉を受け取り、ノブナガの所で親子丼と牛丼を貰い、フェイタンから酢豚を盗んだ。

これ美味い、あれ美味いと食べ続ける私にフランクリンが「シャルがそろそろいじけてきたから相手してやれ」と伝えてきたが食べるのが忙しいので無視した。

***

どういうわけか、この工場は電気が通っているらしい。
それに気がついたのは、すっかり夜になったというのに部屋が明るかったからだ。よく見たら灯りが点いている。でも私はそれどころじゃなかった。

「うう、苦しい……私、死ぬかも」
「僕も……」
「馬鹿かお前ら。食い過ぎなんだよ」

呻き声のようなものを上げる私とハリーにフランクリンの冷静な言葉が降ってくる。
たっぷり時間をかけて、ついに己の限界に辿り着いた私達は、フランクリンの膝に頭を乗せて横になっていた。これはやばい、確かに食べ過ぎだ。

そろそろ夜も更ける頃だろうが、この宴会もどきは未だに続いていた。一度頭を起こして周りの様子を伺うとみんな一旦休憩といった様子で雑談していた。

まだ続くのかな、と思いつつもう一度フランクリンの膝に頭を下ろし、目を閉じる。
お腹がいっぱいになったからなのか、なんだか眠くなってきた。意識すると一気に眠気が襲ってくる。
そのままウトウトしてしまい、寝るか寝ないかのギリギリのラインでパクの「セリ、お腹いっぱいになって寝ちゃったみたい」という優しい声と「腹一杯で眠くなるとかガキかよ」というフィンクスのせせら笑いを聞いたのを最後に完全に眠ってしまった。


気が付けば私の目の前でナズナさんが魚を捌き、ハギ兄さんがかき氷を作っていた。0.1秒で夢だとわかった。
なんだこの夢、意味がわからない。正夢だったらどうしよう。

と思ってすぐに意識が浮上したが、まだ瞼が重い。どうやら私はベッドか何かに横になっているようだった。お優しいことに毛布までかけてある。
ここはどこ…、私は誰…と寝ぼけ目で考える。しかし辺りは真っ暗でよく見えない上に、すぐ傍、というより目の前に誰かがいることに気が付いた。
私はこの誰かにぴとりとくっついていた。あー、暖かい。
誰だろうと気にはなったが、今目を閉じれば確実にあの意味不明な夢の続きが見れるとわかっていたので、私は傍にいる人物の正体よりもう一度眠ることを選択した。ナズナさんに会いたい。

また目が覚める。
今度はそんなに眠くない。先程よりも部屋がほんの少しだけ明るくなっていた。今って何時だろう。
まだ若干寝ぼけた頭で考えていると目の前の人物に気がついた。そうだ、これ誰?
少し頭を動かすと首が見える。ということはここは胸辺りかと右手で触れてみたが、あの柔らかい膨らみがなかったので女ではない。
かったるいな、と思いつつもう一度首を動かして顔を確認する。まだ暗いので大分近くに寄らないとわからない。
もう少し近寄ろうと身を捩って相手の顔と私の顔を近づける。
シャルだった。

「…は、……はぁ………?」

起きたばかりのせいか掠れたような変な声が出て自分で吃驚した。
目を閉じて静かに寝息を立てるシャルの顔を数秒眺めた後、ゆっくりと密着状態の身体を離した。
そして静かに毛布を捲りベットから降りると、一先ず床で正座する。
私の格好は昨日の服のままで、そういえばお風呂に入っていないことに気が付いた。色々な事が頭の中をぐるぐると廻る。

あの、混乱しすぎて逆に冷静になりましたってヤツだこれは。
正座をやめて立ち上がり、静かに静かに、絶をして細心の注意を払って眠っていた部屋を出た。

そこから気配とか音とか関係なく薄暗い廊下を素早く駆け抜けると途中でマチを見つけた。後ろから勢いよく抱き付いたら「は?オラァア!」と思いっきり背負い投げされた。
床に叩き付けられた事で目が覚めた気がして「シャルが!シャルが!」とクララが立った!と同じようなテンションでマチの肩を揺さぶりながら先程までの出来事を話す。
マチはいつも通り喧しい私をとても迷惑そうな目で見た後、いつも通りのクールな顔であれはフィンクスとノブナガのいたずらだと教えてくれた。

「あんたが寝た後にシャルもいつの間にか寝ててさ。それに気付いたノブナガとフィンクスがあんた達を同じベッドに放り込んだってわけ」

何故誰も止めなかった。

[pumps]