田中
結局あれからマチ以外には挨拶せずにあの工場から帰ってしまった。だって他のみんなが起きたらめんどくさいし、ちょっと気まずい。
マチに皆への伝言を頼み、出口の途中で偶然見つけたクロロの上着のボタンを全て外してから、私は何事もなかったかのように御堂家に戻った。

そして一日経って火曜日、爽やかな朝。旅団も一部のメンバーはもう帰っただろう。
そんな日に私は衝撃の事実を知った。

「私、男なんです!」

そう言ったのはヒユちゃんだ。いや、そんなセーラー服で言われても困ります。
「またまた〜」と言いたかったが言えなかった。思い当たる節があったからだ。だってヒユちゃん本人もその周りの人もヒユちゃんが女なんて一度も言ってない。
そういえば風呂も拒否されたし、何故か強くなろうとしている。声が高いと言っても12歳なら声変わりするかしないか微妙な時期だし、身長だってこれから伸びていく。
私の手をギュッと握るヒユちゃんを見て、やはりこの子は男なのかと思ってしまう。

「という夢を視たんだけど二人はどう思う?」
「ば、おおおお前何言ってんだけけ喧嘩売ってんのか!」
「そ、そうだぞセリ。言って良い事と悪いことがあるんじゃないかなぁー!?」
「なんで二人ともそんなに動揺してるの」

いつも通りのコスプレをした私は学校に向かう前に、才蔵さんとハンゾー先生に『ヒユちゃんが男とカミングアウトする夢』を視たことを伝える。
才蔵さんは手に持っている湯呑みをガタガタと震わせ、ハンゾー先生は変な汗をかきながらぎこちない笑顔で私の肩に手を置いた。あ、これでマジで男かもしれない。

それならいっそのことハッキリと言ってくれた方が…と口を開きかけた私を才蔵さんはすっかり中身のなくなった湯呑みを片手に「そろそろ家を出ないと遅刻だぞ!早く行け!」と茶の間から追い出し、強制的に話を終わらせた。怪しい。超怪しい。


***
定位置となっている初等部の屋上でハンゾー先生が差し入れてくれた『猿飛佐助が教える!明日から忍者になる方法』という本のページをパラパラと捲る。
今日はハンゾー先生が一緒に居てくれるらしいので、双眼鏡とトランシーバーを押し付けて私はだらだらしていた。

さっき気が付いたのだが、ハンゾー先生は本気を出せば相当気配を消すのが上手い。私のすぐ横で双眼鏡を使って教室の様子を伺っているはずなのに時々いるのを忘れそうになる。
才蔵さんはなんちゃって忍者だが、ハンゾー先生は本物の忍者かもしれない。

絶って念能力を知らなくても出来るものなんだな、とぼんやりと本を眺めながら思っているとハンゾー先生が双眼鏡を覗いたまま話し掛けてきた。

「それでよ、さっきの話の続きなんだが」
「何?去年の忘年会で才蔵さんが滑り倒したって話?」
「いや、それじゃなくて。お前が視たって言う夢の話だ」

本を閉じてハンゾー先生の方にしっかりと顔を向ける。ハンゾー先生は相変わらず双眼鏡を覗いていた。
人と話すのにその態度はどうかと思うが、気になっていた事の答えが聞けるかもしれないので注意はしなかった。黙って続きを促す。

「お前の言う通り、ヒユ様は男だ」

結構あっさり言われた。

「いいの?それ言っちゃって」
「ああ、別に隠してるって訳でもないしな。学校の教師も同級生も皆知ってるぜ」
「学校公認の女装なの!?」

聞いたことねーぞそんなの!?
思わず本を投げ付けてツッコミを入れてしまうとハンゾー先生に「先生の本を雑に扱うな!!」と怒られた。慌てて謝ったが、ぶっちゃけそんなのどうでもいい。

隠しているわけではない?でもヒユちゃん言ってくれなかったじゃん!と詰め寄れば、ハンゾー先生は本についたゴミを払いながら「一から説明するのはかなりめんどくさいから嫌なんだろ」と言った。
なんだその理由、適当に言ってないか?

「とりあえず、何か重大な理由があって女装してるんだよね?」
「ああ、重大な理由はあるぞ。が、長くてめんどくさい」

めんどくさい程度の理由なら隠さずに話してくれよ。いや、私もそういうことよくやるけど。
そこまで言うなら気になるから話せよどうせ暇だろとオブラートに包んで伝えるとハンゾー先生はしばらく黙った後「それもそうだな」とようやく双眼鏡を手放して語りだした。

「ヒユ様が女装をしている理由。それは簡潔に言うと呪いのせいだ」

何言ってんだこのハゲ。

呪いとか信じるタイプのハゲなんだ…と少し引いたが、すぐにヒユちゃんとお母様に掛かっていた念について思い出した。
もしかして、あれのことを言っているのだろうか。それなら御堂家の人で念使いは居ないようだし、念を“呪い”と思ってしまうのもわかる。
口には出さずに納得して「呪いって具体的にはなんなの?」とハンゾー先生に説明を求めた。
ハンゾー先生は腕を組んで神妙な顔で話し始める。

「何代前かわかんねぇが、かなり昔に御堂家の当主が当時近所に住んでいたあるオッサンと大喧嘩してな。まぁ、そのオッサンは仮に田中さんとしよう」

やばい、出だしからどうでもよさそうな感じがひしひしと伝わってきたぞ。

「その田中さんと大喧嘩した夜、御堂家の当主が眠ろうとしたら枕元に田中さんが立ってて『お前の一族に呪いをかけてやった。バーカ!!』とか言ったらしい」
「頭悪そうな人が出てきちゃったね…」

小学生の喧嘩かよ。

「当主も初めは気にしていなかったらしい。けど、それからというもの、御堂家に生まれる最初の子供は必ず女でよ。その娘が生むのも女っていうのがずっと続いてたんだ。ちなみに田中さんは既に夜逃げしてたそうだ」
「ふーん……最初の子供じゃなければ男は生まれたの?」
「一応な。でも偶然か田中さんの呪いかは知らねぇが全員早死にした。一番長く生きて35らしい」

田中さん怖すぎない?
急に本気出しすぎだろ。え?これ本当に念のせいなんだよね…?
ただのアホ話と見せかけ悪意のありすぎる重たい念に、なんだか寒気がしてきた。昔の話なので喧嘩というのが実際どういうものだったのかは誰にも分からない。
ハンゾー先生は神妙な顔のまま話を続ける。

「でも最初の子供は女っていうのと男が早死にする以外は特に何もなかったんだよな。変な病気とかさ。なのに男のヒユ様が生まれて、御堂家は久々に『田中!!?』っつって大騒ぎだよ」

はぁ、と一度息をはく。

「で、田中さんがヒユ様にだけとんでもない呪いを掛けたんじゃないかって皆心配して、最終的に効果があるかは知らねぇが、上辺だけでもヒユ様を女として育てようとしたってワケだ」

以上、とハンゾー先生は口を閉じた。
説明ありがとう、とお礼もそこそこに唸る。確かに女が生まれると思っていたところに男が生まれたら驚くだろう。
でもそれは田中さんの呪いが強くなったのでなく、むしろ弱くなったんだと思う。
ヒユちゃんにかかっている念は私が見た限り、お母様よりもかなりぼんやりしたものでオーラも弱かった。
もしかしたら念が外れかかっているのではないだろうか。そこまで心配する必要はないと思う。

それより私が気になるのは他人にかけた念が代々続いていく、なんて事があるのかということだ。
ヒユちゃんに掛かっていた念の靄には11という数字が浮かんでいた。お母様が10だったので、これは多分念に掛かって11代目とかそういう意味なんだろう。
大分弱まったとはいえ11代も念が続くとは、田中さんが相当強い念能力者だったとしか思えない。田中さん何者なの。

[pumps]