田中
ヒユちゃんが男、それから田中さんの念、ブタゴリラさん。
色々な話をしてから学校が終わる少し前にハンゾー先生と御堂家に帰り、待ち構えていた才蔵さんと三人ですっかり得意になったわらび餅を作った。
私は才蔵さんに「ヒユちゃんって男なんだって?」とかは言わず、いつも通りの態度を貫いた。
ヒユちゃんの性別には吃驚したけど、気持ち悪いとか引いたわけではないし、正直そこまで問題はない。

だから変わらず接すればいい、と自己解決していたら夜に突然ハンゾー先生を介してヒユちゃんに部屋に呼び出された。

ハンゾー先生と一緒に部屋に向かうとお茶とついさっき私達が作ったわらび餅が前に置かれた状態でヒユちゃんは正座をしていた。横では才蔵さんが何故か目をギラギラさせている。
こんな改まった様子で話すことといえばまぁ、一つしかない。

ヒユちゃんは私を見ると「半蔵から聞いたそうですね…」と目を伏せた。
やはり女装についてか…と察し、なんでもいいから何か言おうと口を開きかけたところで、ヒユちゃんが畳に額を打ち付ける勢いで頭を下げた。

「あの!!私、別に男だと隠していたわけではなくて、いえ隠していましたがそれはあのやはり言いづらかったというか、いつ言えばいいのかな?と思っていたというか、タイミングを伺っていたらちょっとよくわからないことになったというか、もう何て言うか本当にごめなさいぃ!!」
「え!?えっと…ヒユちゃ」
「もうやめろ!責めるんじゃない!ヒユ様が可哀想だろ!?セリ、お前ちょっと言い過ぎじゃないか!?」
「いや、私まだ何も言ってないんですけど」

フライングやめろ。
私の言葉を遮り、これでもかと辛そうな顔をして「お前は!お前はいっつもそう!」と叫びながら拳でガンガン畳を叩く才蔵さんを見て、こいつ本当にめんどくせぇなと思う。
そう思ったのは私だけではなかったようで、才蔵さんはハンゾー先生に前から頭を叩かれ、ヒユちゃんに横から蹴りを入れられ吹っ飛び、受け身を取って立ち上がったところでさらにヒユちゃんに無言で腹を殴られた。
私に男とバレて開き直ったのかヒユちゃんがやけにアクティブなんだが大丈夫かこれ。

ヒユちゃんは左手で頬を押さえながらギュッと目を瞑り、右手を拳にしてようやく復活した才蔵さんの腹めがけて再び勢いよく拳をつき出す。

「あの!私!本当に!悪気はなくて!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ごふっ!げはっ!がっ!」
「本当に!本当に!あの!」
「おぶっ!ぐえっ!がふっ!」
「う、うん。あの、わかったから才蔵さんを殴るのやめよう?ね?」

流石に死んじゃうから…と腹部に向かい続ける右手を掴んで止めれば、ヒユちゃんははっとした様子で掴まれた手を見て「あっ!す、すみません!」と頬を染めながら何故か私に謝った。
ハンゾー先生に「死ぬなぁ!才蔵!!」とガタガタと揺さぶられている才蔵さんは本当に気の毒だった。

掴んでいた手を放せば、ヒユちゃんは両手でほんのり赤い頬を押さえて「ああ、すみません。すみません」と呟く。
いや、これ完全に女子だろ。なに?これが噂の男の娘ってやつなの?
やっぱり女の子にしか見えないヒユちゃんをじーっと観察していると何を勘違いしたのか、ヒユちゃんは眉を下げて私にわらび餅を差し出した。

「隠していて申し訳ありませんでした。これで勘弁してください…」

手めっちゃ震えてるぞ。
最後まで才蔵さんには謝らないんだな、と思いつつ頬を掻く。

「あの、ヒユちゃん。別に私は怒ってないし、引いてもないからそんなに気を遣わなくて大丈夫だよ」

わらび餅は自分でお食べ、と差し出してきたお皿をそっと突き返す。
ヒユちゃんは驚いた顔をしながら小さな声で「怒って…ないのか…!?」とちょっと素が出たように呟いた。

「まぁ、事情はハンゾー先生に聞いたしね。女でも男でもヒユちゃんはヒユちゃんだし」

少々クサイ台詞を言えば、ヒユちゃんは大きな目をさらに大きくした。
そしてその目はキラキラと輝き始める。

「私!セリさんの器の大きさに感動しました!」

そう言ってわらび餅の皿を私に押し付けるとヒユちゃんは空いた両手で顔を覆って「うう、ぐすっ!ありがとう…ございます…!」と啜り泣く。
それを見て、ハンゾー先生と才蔵さんも「ヒユ様よかったね!」みたいな顔をして、力強く拍手を送る。
映画ならここでエンドロールが流れるだろう。まさしく感動のフィナーレといった感じだ。
だが、私は押し付けられたわらび餅の皿を持ちながらヒユちゃんの顔を見て気が付いた。指の隙間から見える瞳からは涙なんて一滴も流れていなかったことを。

あれ?なんかこの子微妙に性格変わってない?
嘘泣きを続ける姿を見て、ヒユちゃんはただの良い子ではなく、意外とクセのある子かもしれないと思った。

***

「で、結局どうなったわけ?」

横で湯呑みに入ったお茶を飲みながら、メンチちゃんが言う。
私は相変わらず大好きなウニを味わいながら続きを話した。

「私達もうすぐ帰っちゃうでしょ?それで帰ってもいつでも連絡が取れるようにってハンゾー先生……じゃない忍者とアドレス交換した。ヒユちゃんは携帯持ってないし」
「ニンジャ?」
「ほら、アレアレ」

首を傾げるメンチちゃんに隅に置かれているテレビを示す。
画面には見覚えのあるおじいさんと『ジャポンの天才忍者・猿飛佐助』という紹介文がハンター文字で映っていた。
クイズ番組に出演している猿飛先生を見てメンチちゃんは「ふぅん…?」とまた首を傾げる。
確かにあれじゃ忍者がなんなのか全くわからないな。猿飛先生はもう少し仕事を選んだ方がいい。

「よく分かんないけどまぁ、いいわ。じゃ、これでもういつでも帰れるわけね?」
「まぁね」

ハンゾー先生とはヒユちゃん絡みでなくとも好きな時に連絡が取れるし、うるさい才蔵さんはスルーできる。最初に鳩で文通しようとか提案された時はどうしようかと思ったが、上手く纏まった。
ウニを食べ終え箸を置き、手を合わせて「ごちそうさまでした」とクセになっている言葉を呟く。

「なんか、あんたジャポンに染まってきたわね」

メンチちゃんが嬉しそうに言う。
それは勘違いだが、訂正しても仕方ないので曖昧に返事をして肩を竦めた。ウニ最高。

[pumps]